11/22 「性癖大爆発♥光・闇の創作BLコンテスト」結果発表!
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2024/10/25 16:00
2024/11/22 18:00
あらすじ
爆モテイケメン童貞×大学デビュー童貞。 通称、童貞カンパ。御影(みかげ)と城井(きい)が所属する映像研究サークルには童貞のまま二十歳を迎えた男に童貞卒業代をカンパする慣例があった。大学一のイケメンと評される御影も童貞のまま二十歳を迎え、童貞カンパを受け取ることに。以前御影に好きな人を奪われたことのある城井は御影に風俗で童貞を卒業させるために多額のカンパを投じる。そんな御影のカンパ代の使い道は片思いの相手である城井を落とすことだった。
※こちらの作品は性描写がございます※
周囲をビルに囲まれた、都内私立大学の映像研究会サークル。このサークルには二十歳の誕生日を迎える男子部員への特別な慣例があった。
十月二十二日に開かれた飲み会はその日に二十歳の誕生日を迎えた御影(みかげ)大和(やまと)の誕生祝いを兼ねていた。
それだけを聞くと部員の誕生祝いをしてくれる部員思いの良いサークルだ。
しかしこの祝いの席は二十歳の、しかも“童貞”の部員の誕生日に限る。
まだ二十歳の誕生日を迎えていない二年生部員の城井(きい)尚(なお)弥(や)は隣に座る御影をちらりと盗み見る。
大学デビューを目指して地味な黒髪を金髪に染め、涙を浮かべながらも両耳にピアスを開け、ファッション雑誌と睨めっこをしながらストリート系のファッションを取り入れた自分と彼はまるで比較にならない。
一度も染髪をしたことのないだろうサラサラの黒髪、キリリと整った眉、黒い瞳と通った鼻筋、薄い唇。誰もが見惚れてしまうほど御影の容姿は整っていた。その上頭も良く、性格も良いとくれば女子たちが彼を放っておくわけがない。
彼女まではいかなくともせめて彼の“いつメン”になりたい女子たちはいつでも御影の隣を狙っており、入部当初は御影目当ての部員たちも随分多かったらしい。しかし当の本人は彼女たちの中の誰かを特別にすることはなく、むしろ優しく軽くあしらうのだから二年生になる頃には大半の女子は退部していた。残った者は本当に映像作品が好きな者、あしらわれてもめげない精神強者だ。
そんなにモテるのだから御影は当然既に“経験済み”なのだろう、と皆が思っていた。
しかし先月、部員の九月の誕生祝いの席での世間話の中で御影がまさかの童貞だと発覚したのだ。
「あの御影が!?」
「あんなにモテて童貞とか冗談だろ!?」
その場に居合わせた者全員が驚きの声を上げ、その日の主役であるはずの九月生まれの二十歳童貞の彼は早々に主役の座を御影に奪われてしまった。
そして十月二十二日、御影の二十歳の誕生日。御影は童貞のまま二十歳の誕生日を迎えた。
彼の目の前には今、初めて飲むビールの隣に使い古されたクッキー缶が置かれている。クッキー缶の中に入っているのは甘くておいしいクッキーではなく五百円玉だ。
通称、童貞カンパ。
このサークルには童貞のまま二十歳を迎えた男に童貞卒業代をカンパする慣例がある。
一口五百円。
代々引き継がれてきたという少し汚れたクッキー缶はこの缶に入った金でこれまで何十人の童貞を卒業させてきたのだろうか。
何年にも渡って実績を積み重ねてきたクッキー缶に次々と五百円玉が投げ込まれていく。
その場に居合わせた先輩たちの中には物好きもいて一口だけではなく二口も三口も投資するのだから中にはお札も混じって見える。先日競馬で勝ったからと言って気前よく五千円札を入れる様には歓声が上がった。
御影が童貞と知られれば大学中の女子たちがこぞって彼の初めての相手に名乗り出るに違いない。そうなれば御影の以外の男は誰も見向きもされなくなるのだろう。それは異性に興味津々なお年頃の男子大学生たちにとってあまりにも地獄絵図だ。
「さっさとみじめに風俗で童貞を捨てろ!」
御影と比べるとどうしても顔面偏差値が劣る男たちが悲しい呪詛を吐きながら次々とお金を投入していく。
「お前ら、これを見ろ!」
そんな中、城井は財布から一万円札を高らかに掲げた。おおっ、とひと際大きな野太い歓声が上がる中、城井は自慢げに一万円札をクッキー缶に放った。
大学入学と同時に始めたゲームセンターのアルバイトは他より少し時給が高いがこの出費は随分と痛い。それでも城井は御影にはみじめに、恥ずかしく、風俗で童貞を捨てて欲しかった。
城井も他の男子たち同様に御影に恨みがある。
城井はつい先日、大学に入学した時からずっと好きだった同じ学部の可憐ちゃんに告白したのだ。
その結果、彼女からの返事は「御影くんが好きだから」だった。それからつらつらと御影の好きな所――顔立ちが整っている、声が良い、落ち着いている、優しい、大人、お洒落――を説かれ、城井は苛々していた。
その格好良い御影くんは童貞ですよ、と声を大にして可憐ちゃんに教えてあげたい。
「イケメン御影くんがなるべく優良店に行けますように♡」
語尾にハートを付けて媚びてやるとその言葉に皆が大笑いをした。そして城井に感化されたように皆が一口では飽き足らず二口、三口と更にお金を入れ始めた。それでも城井の出した最高金額である二十口を超える者はさすがにいない。
金額を囃されて上機嫌に笑う城井に御影が視線を送る。
「な、なんだよ」
さすがにいじりすぎたか、と城井がハラハラしているとそれに反して御影が、プッと噴き出して無邪気な笑みを浮かべた。
「城井、これはさすがに入れすぎ。でもありがとう」
あはは、と笑う御影は笑顔さえ格好良く見えて城井は思わず顔を赤らめると御影からフイっと顔を背けた。
「カンパは一旦これで終了で!」
部長がパンパンと手を叩いてカンパ終了の合図をする。
短時間のうちにずっしりと重くなったカンパ代は確実に優良店に行けるし、時間はロングで、オプションをいくらでも付けられそうな額になっていた。
御影がクッキー缶を持ってみるとそれはずっしりと重い。御影の童貞卒業のために集められたそれは出資者に対して何の見返りもない。それなのに集まった多額の童貞卒業代に御影はさすがに苦笑いを浮かべた。
「こんなくだらないことに……」
「そのくだらない文化で今まで何人の部員が救われてきたと思ってんだ!」
既にカンパを受けて卒業した男たちが涙ながらに語る。
「世界が変わった」
「見るもの全てが美しい」
「自分のちんこに自信が持てるようになりました!」
「バイトの給料日は新しい店開拓!」
「おきにの嬢最高!」
いやに熱の籠った言葉たちにドッと笑いの渦が巻き起こる。御影が隣の席を見ると城井も手を叩いて笑っていた。
「さて、御影くんにこの童貞カンパを渡すにあたって約束事が三つある」
そう言って部長が指で三を示す。
「一つ、カンパ代は全て使い切ること。こんなに多額だったら一回だけじゃなくて二回も三回も卒業できそうだな」
心底羨ましい、と部長が言葉を漏らす。
「二つ、卒業の報告を必ずすること。詳細の報告義務はないけど詳しく聞けたら最高の酒のつまみになるからな」
そして、と部長は自身のスマートフォンのカレンダーアプリを起動して見せた。
「三つ、使用期限は次のカンパまで」
カレンダーアプリの日付はちょうど一か月後の十一月二十二日が示されている。
「次は城井だな」
その言葉に周囲の視線が一斉に城井に集まる。
次に二十歳を迎える部員は城井。城井が二十歳の誕生日を迎える十一月二十二日の日まで城井が童貞であれば御影の次にカンパを受けるのは城井だ。
「ど、ど、ど、童貞じゃねーし!」
「漫画以外でその台詞吐く奴初めて見たわ!」
城井の反応に周囲が一斉に湧いた。大笑いの中、御影が城井を見ると城井は顔を紅潮させて所在なさげに視線を泳がせていた。
どうやら彼はその言葉通り未だ童貞らしい。
御影のカンパ利用の使用期限はちょうど一か月後の城井の誕生日。次のカンパまでに童貞を卒業すること、と部長が御影に釘を刺す。それに御影は首を縦に振って頷いた。
「城井の誕生日までに卒業すればいいんだな」
そう言ってカンパでずっしりと重いクッキー缶を御影はリュックに仕舞うと目の前に置かれたビールを煽る。
二十歳になって初めて飲むアルコールは異常に美味く感じた。
御影の誕生日会を兼ねた飲み会から一夜が明け、随分と軽くなってしまった財布に城井はため息をついていた。
昨夜は飲み会代と御影へのカンパ代で随分と散財してしまった。
しかしそれでも昨夜の飲み会が楽しかったことには変わりないので城井は散財を後悔しているわけではない。
イケメンと周囲にもてはやされている御影が実は童貞で、しかもその童貞は風俗嬢に食われると思うと愉快で仕方がない。あれだけモテておいて結局は自分と同じ風俗にお世話になるなんて最高に愉快だ。
来月になればカンパは城井の番だ。部員たちから貰うカンパ代で自分も優雅に童貞を卒業すればいい。この一か月で彼女を作って彼女で童貞を卒業できればベストではあるが自分は風俗もまぁ有りだと思う。
問題はあの御影も自分と同じ地に落ちているということなのだ。
昨晩は飲み会の後、まだ未成年で実家暮らしの城井は帰宅したが、御影は先輩たちに二次会に連れていかれていた。もしかしたらもう昨日のうちに御影は風俗で童貞を卒業しているかもしれない。そう思うと笑いが込み上げてくる。
後で聞いてみようと考えながら城井が自動販売機に小銭を入れた直後、城井がボタンを押すより先に背後から伸びてきた手がボタンを押した。
「おい! なにすんっ……御影!」
後ろを振り返るとそこには御影が立っていた。御影は取り出し口からペットボトルを取るとそれを城井に手渡す。
「これが飲みたかったんだろ」
城井はそれを受け取るとペットボトルのラベルと御影を交互に見る。
それは確かに城井が選ぼうとしていた炭酸飲料で間違いない。こういうことをされた場合は大抵全く違う飲み物を選ばれることが多いが、御影は城井が選ぼうとしたものを的確に当てていた。
「……ん」
城井は唇をムッと尖らせながらペットボトルのキャップを開けて三分の一ほど一気に飲み下した。微炭酸が喉を通って胃に届く刺激が心地よい。
「城井、この後大講堂だろ」
「あぁ」
御影は城井の隣を勝手に歩き出す。
御影の言う通り次の授業は大講堂だ。御影とは同じ学部なのだから講義が被るのはよくあることだ。今からの講義も二年次の必須科目なので御影と被っていると城井はもちろん知っていた。しかしそれぞれ違うグループの友人と受けていたのでこれまで一緒にその講義を受けたことは一度もない。
教室に入り周囲を見渡すが今日に限って城井の友人たちは自主休講を決めているらしい。城井は仕方なく一番後ろの左端の席に座った。するとその隣に御影も何も言わずに腰掛ける。
「……お前、いつも一緒にいる友達は?」
しれっと隣に座ってきた御影を城井がジトっと見つめる。その目に気付いているはずだが御影は特に気にした様子もなくノートと筆記用具を鞄から取り出し始めていた。
「別に毎回約束してるわけじゃないから大丈夫」
「……あ、っそ」
今更席を移動するのも不自然だ、と城井も諦めて授業の準備に取り掛かる。
そういえば昨日の話を聞くのにちょうどいい、と城井は御影に顔を向けた。
「お前、昨日卒業した?」
その問いに御影は首を横に振る。
「してないよ。昨日は先輩たち行きつけのバーに連れて行ってもらっただけだから」
「なーんだ」
凄く雰囲気が良くて、ノンアルコールも充実していて、と楽し気に話す御影に城井は、へえ、と所在なさげに相槌を打つ。
「時間が合ったら城井も一緒に行かない?」
誘いの言葉は聞き流し、城井は適当に頷いた。
彼はまだ自分と同じ童貞らしい。
その次の日もまた講義が被っていた。
朝早く、ひと気のないエレベーターホールで城井はエレベーターが降りてくるのを待っていた。
「城井、おはよう」
一時限目だというのにいつもと変わらず爽やかな顔で御影が声を掛けてきた。一方の城井は大きな欠伸で返事を返す。
昨日は終電ギリギリまでゲームセンターのアルバイトをしていた城井は眠気眼を擦る。講義を休まなかっただけでも褒めてほしいくらいだ。
明らかに目の開ききっていない城井の顔を御影が覗き込む。
「城井、眠い?」
「おー。昨日終電までバイトだったから……」
「城井ってバイト何してんの」
「ゲーセン」
「城井っぽい」
「お前は?」
「俺は大学の近くのカフェ」
「へー、っぽい」
その瞬間、目元に冷たい感覚が襲う。
「冷た!」
あまりの冷たさに一気に目が覚めた城井はそのまま御影を睨みつけた。
目の前でペットボトルを持った御影が笑っていた。
「目、覚めたでしょ」
「覚、め、た!」
喉をグルルと鳴らしながら睨みつけてやるがどうやら御影には効果はないらしい。御影は、ふっ、と笑うとそのペットボトルを城井に差し出した。
「あげる」
それはまた城井の好きな炭酸飲料だった。
「……普通に渡せよ」
そう悪態つきながらも城井は素直にペットボトルを受け取ると早速一口口に含んだ。しゅわしゅわと弾ける炭酸で目が覚めていくような気がする。
ごくごくと嚥下していく様子を御影は優しい表情で見つめていた。飲む様子を見られていることに少し居心地の悪さを感じた城井は早々にそれを飲み切ると御影から顔を背ける。
その時ちょうどエレベーターが到着し、扉が開いた。
「……授業行くぞ」
「うん」
誰も入っていなかったエレベーターに二人は乗り込むと階数ボタンを押した。
それからも二人は以前に増して会うようになっていた。
正確には御影が城井に会いに来るのだ。
講義が被っている時はもちろん、被っていない時もなぜか彼は城井に会いに来ていた。
教室から教室への送り迎えはあまりにも不可解だ。たかが十分の空き時間の度に別棟から御影はわざわざ会いに来る。
約束をしているわけでもないのに毎日昼食を一緒に取るようになり、当然サークルへ行くのも一緒だ。
部室で映画鑑賞をする際にも御影はわざわざ城井の隣にパイプ椅子を持ってきて座る。
サークルの帰りにみんなで夕飯に行っても御影は必ず城井の隣を陣取るようになっていた。
「私も御影くんと一緒に見たいのに~」
「城井、邪魔」
御影の隣に行きたい女子たちにとっては城井が邪魔者に見えるらしい。文句を言ってくる女子たちに城井が悪態をつく。
「俺もお前らに譲りてえよ!」
そう吠える城井を御影はにこやかに見守っていた。明らかに余裕を見せるその態度に城井は頬を膨らませた。
何をそんなに御影に懐かれるようになったのか城井には皆目見当がつかない。それでもイケメンの友人に好かれているということは悪い気がしない、と城井も御影との行動に慣れようとしていた。
しかしさすがに学外は別だ。
城井のアルバイトの終わりを待つ御影を見つけた城井は目を丸くして驚くと急いで御影に駆け寄った。
「御影、お前なんでここに!」
駆けてくる城井に気付いた御影は手元のスマートフォンから顔を上げるとひらひらと手を振って見せた。
「俺もバイト終わり」
偶然終わりの時間が被ったと御影は言うがどうにも信用ならない。御影のアルバイト先であるファミレスと城井のアルバイト先であるゲームセンターは駅を挟んで反対方向にあり、少し距離がある。御影は電車通学なのだからバイトが終わったのならばそのまま帰ればいいだけのことなのだ。それなのに終わりの時間が被ったからと言って駅を通り越して城井のことをわざわざ迎えに来る意味が分からない。
「お前さあ、最近なんなの」
駅までの道、城井が早足で先を歩く。そんな城井の後を追ってくる御影に城井が歩きながら尋ねる。
「最近妙に俺に懐いてくるの、なんで?」
俺、お前に懐かれるようなこと何かした? と尋ねる城井に御影は返事を返さない。
あと少しで駅に着くというところで城井は方向を変え、近くの公園へと向かった。そんな城井の後を御影は何も言わずについてくる。
そして二人は終電間際、ひと気のない公園にたどり着いた。
ピタッと足を止めた城井が振り返り御影と対峙する。
御影はじっと城井を見つめていた。その目に負けじと城井も御影を見つめ返す。
少しの間沈黙が続き、ようやく先に口を開いたのは御影だ。
「城井のことが好きだからアピールしてる」
「はぁ!?」
御影は真っすぐ城井を見つめたままそう言った。予想外の言葉に城井は目を丸くして夜中に相応しくない大声を上げた。直後、夜間は静かに、と書かれた看板が目に入り城井は慌てて口を両手で押さえた。
「お前、何言って……」
口を両手で押さえながらもごもごと喋る城井に御影が一歩近づく。そして口元の両手を剥がすように御影の大きな手が城井の手を掴んだ。
「だってお前凄くモテるじゃん!」
「女に興味ない。元々そうなんだ」
御影の言葉にモテるのに彼女を作らず童貞を卒業しない御影の謎が城井はようやく解くことができた。
「入学式で城井に一目惚れした」
「入学式? 一目惚れ?」
城井は当時のことを懸命に思い出してみる。それでも御影に一目惚れされるようなことは何も思い出せない。
首を傾げ続ける城井を御影が優しく笑う。
「いろんな人に積極的に話しかけて、初日からたくさんの友達に囲まれて、凄いと思ったんだよ」
そういえば、と城井はその時のことを思い出して仄かに赤面する。
大学デビューをしたかった入学当時はとにかく友人を作ることに必死だった。思い起こせば御影に最初に声を掛けたのは自分だったと聞いたことがある気がする。
「……確かに最初に声掛けたのは俺かもしれないけど、それからお前に声を掛ける奴もいっぱいいただろ。お前、モテるし」
「城井と仲良くなりたくて城井と同じサークルを選んだんだけど、勝手に女が俺に近づいてきただけ」
御影の言う“女”に城井は直ぐにピンっと来た。御影の言う“女”には同じ学部の可憐ちゃんが含まれているのだろう。
可憐ちゃんに告白をした城井は「御影くんのことが好きだから」と振られたのだ。その記憶は新しい。
御影は告白してきた彼女の名前さえ憶えていないようでそれが正直腹立たしくて、悔しい。
「城井が好きだ」
城井を真っすぐ見つめて改めて告白する御影を城井はキッと睨みつけた。そしてそのまま返事を返すことなく御影を置いて公園から走り出した。
「城井!」
背後から御影の呼ぶ声が聞こえる。このまま駅に向かってしまうと追いかけてくる御影とかち合ってしまう。
それなら、と自宅までの二駅を歩くことに決めた城井は駅を通りすぎていった。
そのことを知らない御影は駅にたどり着くと周囲を見渡して城井の姿を探す。しかし飲み会から帰宅する大学生や社会人の間をいくら探しても城井は見つからない。
そうこうしているうちに電光掲示板が最終電車を知らせる。御影は大きなため息をつくと諦めて最終電車に乗り込んだ。
ドアのガラスに映る自分の顔は酷く疲れているように見えた。その酷い顔でさえ周囲には愁いを帯びて格好良いと見えるらしい。べろべろに酔っぱらったOL二人組が隠す気もなく大声で御影の容姿を褒めているのが車内に響き渡る。
御影はそれを無視して外を眺め続ける。
城井、困ってたよな……。
御影がため息をつくと、きゃあっ、と周りから小さな声が上がった。
城井のことを好きになってからずっと彼のことを見ているのだから彼の恋愛対象は女性なのだと分かっている。
城井にとっては自分はただの友人なのだろう。むしろ、友人といっても彼にとっては友好的なものではなかったのかもしれない。カンパの際にはどこか棘がある言葉を吐きながら大金を差し出された。
御影は家に置かれたままのカンパが入ったクッキー缶を思い浮かべる。
今日までの間、御影が使ったお金はまだ自動販売機の炭酸飲料一本のみだ。
カンパ代はまだまだ残っている。
童貞卒業の猶予までもまだ時間がある。
線路沿いの道を城井はとぼとぼと歩いていた。等間隔に設置されている外灯や駅へのアクセスしやすさを売りにしたマンションのお陰で深夜とはいえどそう暗くは感じない。
歩きながら城井はスマートフォンの写真フォルダを開いて見ていた。
今まで気にも留めていなかったが御影と城井が一緒に写っている写真を見ると御影はいつも城井の隣にいた。それは他に何人かと一緒に写っている写真でも、だ。写真の日時を確認するとそれは御影の童貞カンパの随分前からだった。
そしてよく見ると御影は城井ばかり見ている。
「マジかよ……」
はあ、と城井は大きなため息をつく。
城井を見つめる御影はとても優しい目をしていた。女であればきっとそんな目で見つめられたら一瞬で恋に落ちてしまうのだろう。否、男でもそんなに愛おしがるような目で見つめられてしまえば意識せざるを得ない。
途端に城井は恥ずかしくなり顔を真っ赤に染める。火照った顔が熱い。
気持ちが急く。ゆっくりと歩いている気持ちでいられず城井は走り始めた。全速力で走る城井の隣を御影を乗せた最終電車が走り抜けていった。
翌日、チャイムが鳴ると同時に城井は教室に滑り込んだ。時間に厳しい教授はギリギリに入室してきた城井をギロリと睨みつけてきたがどうやら今回は見逃してくれるらしい。特に城井が咎められることなく授業が始まった。
廊下側、一番後ろの席に腰掛けた城井は小さく息を吐いてから教室内に目をやる。
城井の座っている場所とは真逆の窓際一番後ろの席に御影の姿が見える。御影がこちらを見ていることに気付いた城井は慌てて教科書で顔を隠した。
御影が自分のことを好きだと思うと恥ずかしさから御影をまともに見ることができない。授業中も御影の視線を感じながら城井はなんとかその時間をやり過ごすことができた。こんな状況で集中することなどできるはずもなく、授業の内容は全く覚えていない。
終わりのチャイムが鳴ると同時に城井は荷物を抱えて一目散に教室を後にする。
次の授業は御影と被っていない。早々に他の友人たちの輪に加わってしまえば御影も入っては来ないだろう。城井は急いで友人と連絡を取ると次の教室へと向かった。
御影と被っている授業のいくつかは休んだ。サークルも欠席した。アルバイトの帰りは別の出口から帰宅した。
それは全て御影から距離を置くためだ。
そうしていると友人たちから「御影が城井を探してる」「御影が落ち込んでるんだけど理由知ってる?」という旨のメッセージが城井の元に届き始めた。
そんなメッセージがあまりにも複数の友人たちから届くようになった城井はさすがに今の状況をなんとかしなければならないと思い始めていた。
一週間経った頃には、明らかに肩を落として落ち込んで見える御影の写真まで送られてきたので城井の罪悪感は最高潮に達していた。
『御影、そこにいる?』
友人にメッセージを送ってすぐに食堂のテーブルに突っ伏している御影の写真が送られてきた。城井は意を決すると食堂へと向かった。
「おい」
久しぶりに聞いたその声の主を御影が聞き間違えるわけがない。
御影が慌てて顔を上げるとそこには唇をムッと尖らせた城井が立っていた。
「城井……」
気付くと友人たちは御影を置いて疾うにいなくなってしまっていた。
授業のチャイムが鳴り、食堂にいる人は疎らだ。
城井は大きく息を吸って吐くと頬を仄かに紅潮させてはにかんで笑った。
「お前本当に俺のことが好きなんだな」
御影にとっては予想外の言葉だったらしい。御影は口をぽかんと開けて、いつもの格好良い彼からは想像もつかない、あまりにも間抜けな表情を浮かべていた。
「城井、怒ってないの?」
「怒るっていうか……突然お前に好きだって言われてどうすればいいか分かんなかっただけだから! ……俺こそ避けてごめん」
シュンと頭を垂れる城井に御影も頭を下げる。
「てっきり嫌われたと思ってたから嬉しい」
「嫌っては……いないけど」
しどろもどろに答える城井に御影が笑みを浮かべる。その顔を見て、やっぱり御影の顔は綺麗だな、と城井は思う。そしてつい見惚れてしまった自分に気付き、城井は首を大きく左右に振った。
それで、と城井は息巻く。
「それで、お前は俺で童貞を卒業したいんだろ」
「それは……できれば好きな人で卒業したい、とは思う」
未だ椅子に腰掛けたままの御影が立ったままの城井を上目遣いで見上げている。普段ならば約十五センチの身長差から自分が見上げることが多いので御影の上目遣いは新鮮だ。
見つめてくる御影の視線には熱が籠っていた。その目から城井は目が離せない。
城井は負けじと御影をキッと睨みつける。しかしその睨みに大した威力はない。
「俺で童貞卒業したいなら俺を完璧にエスコートして満足させてその気にさせてみろよ!」
またしても城井の予想外の言葉に御影は一瞬目を見張る。そして微笑んで見せた。
「望むところだ」
手始めに明後日の日曜日は空いてる? と御影は城井に尋ねた。
日曜の朝、城井が待ち合わせ場所に到着するとそこには既に御影が立っていた。しかし待ち合わせ場所にいるのは御影だけではない。見知らぬ女性二人が御影を挟むように立っており、三人で何やら話しているようだった。
城井は思わず物陰に隠れて様子を伺う。聞き耳を立ててみるとどうやら御影が逆ナンされていることがわかった。
流行りの服に身を包んだ可愛い系の二人は城井の好みのタイプだ。また御影に好きなものを取られる感覚に城井は眉間に皺を寄せる。
御影が断る声が聞こえ、それからすぐに女性たちが御影から離れていくのが見えた。
タイミングを見計らうと城井は物陰から出て御影の元へと向かった。
「御影」
「城井、おはよう」
城井の姿を見た御影の声は大学で会う時よりも弾んでいるように聞こえた。表情もどこか明るい。
どう見ても普段よりも気合の入っている服装が御影の顔の良さを更に際立たせているようで悔しい。
「……随分気合入ってんな」
「城井とデートなんだから当たり前」
「デッ!?」
「城井も似合ってる。それ城井が好きなブランドの新作だよね」
「あ、わかる?」
御影の言う通り、今日城井が着ているトップスはお気に入りのブランドの新作だ。それをわかってもらえたことに城井の機嫌も上々だ。
「ほら、映画行くんだろ! 俺、ポップコーンが食べたい!」
「うん、行こう」
約束する時点で城井に選んでもらった映画は三部作三作目のアクションだ。一作目、二作目ともに見たことがなかった御影は今日のためにきちんと前作、前々作とも見てきていた。それは男二人組が悪の組織に立ち向かう痛快アクション映画だ。
映画を見終わるとちょうどお昼時で、近くのファミレスに入るとたった今見たばかりの映画の感想を話し合う。
とても楽しかったらしく城井は上機嫌で話していた。
「俺もあのシーン好き! めちゃくちゃ格好良くて! ほんと最高!」
城井は二人組の内、クールな彼のことがいたく気に入っているようだった。城井が語るシーンは全て彼のシーンで、城井の口からは彼を讃頌する言葉しか出てこない。
好き、格好良い、最高。それらの言葉が映画の彼宛ではなく自分に言ってもらえるようになれたらいいな、と思いながら御影は城井の話に頷いてみせる。
城井がトイレに行っている間に会計を済ませ、御影の奢りだという言葉に城井は素直に喜んでいた。
「次、ゲーセン行こうぜ!」
ファミレスを出てすぐの所にあったゲームセンターへと入ると城井は早速クレーンゲームの吟味を始める。そして標的を大きなぬいぐるみに絞ると百円玉を入れた。操作スティックをこまめに動かし、何度も正面、横から覗き込んで調節を繰り返す。そして制限時間ギリギリで降下ボタンを押した。クレーンの爪はぬいぐるみのタグに綺麗にはまり込み、城井はいとも簡単に景品をゲットして見せた。
ちゃららん、と景品ゲットの音楽が鳴り響き、城井は腰をかがめて取り出し口に手を差し込む。
「城井、凄いな」
「まあね、バイトでクレーンゲームの調整もしてるから見るだけでアームの強さとか取れやすさとかわかっちゃうんだよ」
景品を取り出した城井は、はい、と言うとたった今取ったぬいぐるみを御影に手渡した。
「御影にやるよ。俺の部屋、他にもクレーンゲームで取ったやつがいっぱいあって置き場所ないから」
「ありがとう、城井」
御影は満面の笑みを浮かべるとぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
城井が取ったぬいぐるみは女性に人気のピンク色でお目目をキラキラとさせた可愛らしいうさぎだ。城井が抱えていたらきっと笑いものになっていたに違いない。それなのに御影だと男子大学生が可愛らしいぬいぐるみを抱えていても絵になる。
「……ほんとお前、悔しいくらいに顔良すぎ」
そう言って城井が笑った。
それから城井の教えを請いて御影も何度かチャレンジをしてみた。途中で両替に走りつつ、なんとか犬の小さなキーホルダーをゲットすると城井も手を叩いて喜んでくれた。そしてようやく取ったそれを城井に差し出すとまた城井は笑った。
カーレースゲームは御影の勝ちで、音楽ゲームは三回勝負の末引き分けで終わった。
一通りゲームセンターを楽しんだ後、駅ビルのファッションフロアをぶらついているうちに時間は夜だ。
夕飯は御影が選んだお洒落なバルに入る。
既に成人を迎えている御影はアルコールを飲み、テーブルを挟んで向かいに座った城井はノンアルコールジュースをちびちびと飲んでいた。
アルコールの有無で途端に成人と未成年の差が浮き彫りに感じて城井は少し不機嫌になるとローストビーフをまとめて数枚口に放り込む。
「城井」
その時不意に御影が鞄から小さな袋を取り出して城井に手渡した。
「なに?」
「あげる」
そう言われて促されるまま袋を開けて中身を取り出す。中身は先ほどウィンドウショッピングをしていた時に城井が見ていたゴールドのフープピアスだ。
「これ、いつの間に……」
「城井が他の物を見てる間にこっそり」
驚いている城井に御影は満足げな笑みを浮かべていた。
「初デートの思い出に」
「デっ……!」
城井は顔を真っ赤にしながらも今自身が付けているピアスを外すとたった今貰ったばかりのフープピアスを付けた。
「……ありがと」
尚も顔を真っ赤にさせながら照れ隠しにジュースを一気に飲み干す。その様子を御影はニコニコと微笑みながら見ていた。
「じゃ、また明日」
このまま家の前まで送ってきそうな御影を制して城井が小さく手を上げる。その手のひらに御影はそっと手を重ねると指を絡めた。
「ちょっ……!」
「今日はありがとう」
手を離すとちょうど電車のドアが閉まり、御影を乗せた電車は去っていく。城井はしばらくの間電車を見送るとひと気が疎らなホームで一人ため息をついた。そして新しいピアスに触れる。
そしてまた大きなため息をついた。
「今日空いてる? 服、買いに行きたいんだけど」
と城井が言った。城井からの突然の誘いに御影は目を輝かす。
「今日はバイトもないからいいよ」
今日の昼食は大学近くのラーメン屋だ。
「伸びるから早く食えよ」
城井に急かされ、御影は慌てて残りの麺を啜った。
アルバイト代が入ったから新しい服が欲しいと言う城井の後について御影も店に入る。
何着か試着した後トップスを買うことに決めた城井がその旨を店員に伝えると真っ先に財布を取り出したのは御影だった。
「は? なんで?」
負けじと財布を取り出す城井よりも先に御影が代金をトレーに乗せる。
「俺もこれが城井に似合うと思ったから」
「いや、いくら似合うと思ったからっていってもお前に買ってもらう筋合いは……」
レジ前で押し問答を始めた二人に店員が困惑の表情を浮かべる。それに気づいた御影が笑顔で言った。
「もうすぐこいつの誕生日なんです」
「は!?」
御影の言葉に店員は直ぐに満面の笑みを浮かべる。そして城井に向かって、おめでとうございます、と言うと嬉々として商品を紙袋に詰めた。
店を出ると紙袋を受け取っていた御影が、はい、と言って城井に手渡す。それを受け取った城井が御影をじっと見つめた。
「誕生日って今日はちょうどお前と俺の真ん中くらいじゃん」
「ああでも言わないと店員さんも困ってたでしょ」
そう言って御影は歩き出す。
「おい、服代!」
慌てて御影を追いかけてくる城井に振り返った御影が笑みを浮かべる。
「その服、城井に似合ってたから。俺に支払わせて」
「なっ」
なんだよそれ、と城井が言うと御影が城井の手を取って歩き出す。
「お、おい!」
「今日は城井から誘ってくれて嬉しかった」
そう言った御影は本当に嬉しそうな表情で城井を見る。
「次のデートにその服を着て来てくれたらチャラでいいよ」
「言われなくても着る!」
城井が顔を真っ赤にして吠えて、それを見て御影が笑った。
それからは平日休日問わず時間が合えばデートを重ねた。
その度に御影が積極的にお金を支払うので出掛ける回数が多くても城井の財布へのダメージは少ない。
デート代のほぼ全額を御影が支払うことになんとなく男としてのプライドが傷つく気がする。
今度こそ自分が払おうと城井が意気込んでいた直後、少し席を外している隙にまたしても支払われている昼食代にいよいよ城井が口を開いた。
「お前って意外と浪費家? 彼女に対して貢ぎ癖でもある?」
城井の問いかけに御影はきょとんとすると首を横に振った。
「貢ぎ癖なんてないよ。カンパ代を有効活用してるだけ」
カンパ代、と聞いて城井はあの古いクッキー缶を思い出した。自分も一万円を出資したあの童貞カンパだ。
「お前っ、こんなことにあの金使ってるのかよ!」
あれは御影が童貞を卒業するために使うお金であり、城井の食欲と物欲を晴らすために使うべきものではない。
城井がそう言うと御影は首を傾げて見せた。
「城井を落とすため、だよ」
「へ?」
予想外の言葉に城井が素っ頓狂な声を上げた。その反応は御影にとっても予想外のものだったらしい、君まさか、と御影が言葉を続ける。
「これまでずっと俺は城井を落とそうとしてたんだけど?」
「えっ、そうだったのか?」
がくんと肩を落とす様子にどうやら本当に御影は自分を落とそうと行動していたらしい、と城井はようやく気付いた。
思い起こせば彼の行動は女子がされれば喜ぶだろうことばかりだった。食事を奢ってもらったり、ピアスのプレゼントをもらったり、服を買ってもらったり、普通の女子であれば特別感を感じて意識するのだろう。
これが特別、と呟いた城井だったがやはり自分は違和感を覚える。そしてその違和感は怒りに変わる。
「……お前さ、金使えば俺が落ちるとでも思った?」
まるで、金を積めば落ちる奴、と思われているようだと城井は御影をキッと睨みつけた。一方の御影は真剣な表情で城井の瞳を見つめ返す。そして彼は首を横に振った。
「思ってない。せっかくあるお金を使うなら自分にじゃなくて好きな人のために使いたいと思っただけ」
しばらくの間睨み合いが続き、そして城井が大きく息を吐いたところでようやくそれは終息した。
「城井……」
城井を見ると彼は申し訳なさそうに眉を下げていた。
「……ごめん、御影がそんな奴だとは思ってない」
飯奢ってくれてサンキュー、と笑う城井の腕を御影が掴んだ。
「み、御影?」
突然のことに驚いた城井が御影を見ると御影は尚も真剣な表情で城井を見つめていた。
「分かった。今日はもうあのお金は使わない」
御影はそう言うと城井の腕を引いて店を出る。そしてそのまま大学構内へと戻ると映像研究会の部室へと向かった。
部室の鍵は開いていたが中には誰もいなかった。普段は施錠されているはずなのでたまたま部員の誰かが席を外しているだけなのだろう。
御影は狭い部室の奥にある棚の前に立つとDVDを数本抜き取り、年季の入った貸し出しノートに作品名と自分の名前を書いた。
DVDを鞄に仕舞うと部室を後にする。部室を出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、向こう側からドアが開き、部室に戻ってきた部長とちょうどかち合った。
「おっと……御影。と、城井?」
変わらず御影は城井の腕を掴んだままだ。その光景に部長は首を傾げて見せる。
「部長、DVD借りていきます」
御影はそれだけ言うと部長に何か言われる前に城井を連れてさっさと部室から出て行った。
「御影! どこ行くんだよ!」
腕を引っ張られたままの城井が声を上げるとようやく御影は足を止め、城井を解放した。
「今日は俺の家に行こう。それで、さっき借りたDVDを見て過ごそう」
午前中の講義を終えた二人にこの後の予定はない。一緒に昼食を済ませた後はまたどこかにぶらぶらとデートに行こうとしていた所だったのだ。
元々城井を家に連れてくる予定ではなかったので、今日の御影の家は普段通りのままだ。城井のためにとお洒落に見繕う時間もない。
これくらいの出費は許してくれ、と途中コンビニに寄って飲み物とお菓子を買うと御影は城井を連れて自宅マンションへと入っていく。
「ちょっと待ってて、今テレビの準備するから」
部屋に通された城井は御影に促されてソファに腰掛けた。
玄関に入った瞬間から部屋の中は御影の良い匂いがした。靴は綺麗に揃えられ、初めに通された洗面所も整髪料や歯ブラシなどの日用品が並んでありながらもとても整頓されていた。
1DKの室内はブルックリンスタイルのお洒落な家具と色合いで統一されており、事前に来客の予定がなかったにも関わらず普段から整理整頓されていることが伺えた。
先述に戻る。テーブルの上にコンビニのレジ袋が置かれ、御影は部室から借りてきたDVDの準備を始めていた。一方の城井は鞄をソファ横に置くとソファに腰掛け、身近にあったクッションを抱えてぼうっと御影の動作を見つめる。
お洒落な部屋、いい匂い。それだけでポイントが高い。
DVDが再生され、城井の部屋のテレビよりも少しだけ大きい二十四型のテレビに最初のロゴが映る。御影はテーブルの上にペットボトルとお菓子の袋を並べると城井の隣に腰掛けた。二人掛けのソファのお陰で二人の肩はぴったりとくっついていた。
「この前城井が借りようとしたら借りられてた作品にしてみた」
「マジで!?」
画面に出たタイトルを見て城井は興奮した。
DVD選びまで完璧だ。
身体を前のめりにして画面を食い入るように見る城井に御影がペットボトルの蓋を開けて手渡す。画面から目を離さず城井はそれを受け取ると大好きな炭酸飲料を飲み下した。
途中、デリバリーしたピザを夕食にしつつ、借りてきたDVDを全て見終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。終電はもうない。
そのまま風呂を借り、着替えを借りると城井はベッドに入る。同時に御影はソファをベッド替わりに横になる。
「御影」
「ん?」
「今日はありがと」
「城井が楽しめたならいいんだけど。……全然部屋の掃除も出来てなかったし、おもてなしの準備も出来てなかったから心配だった」
御影の言葉に城井は薄暗い室内を見る。
物が多く雑然としている城井の部屋よりもだいぶ整っていたし、途中コンビニに寄る流れも完璧だった。非の打ちどころがない。
「何言ってんだよ、最高じゃん」
城井の誉め言葉に御影が笑って、ありがとう、と返す。
それから沈黙が続き、城井は寝てしまったのかと御影が目を瞑った瞬間、突然腕を引かれた。
「城井? どうかした?」
御影の腕はぐいぐいと引っ張られ、御影はソファから起き上がるとそのままベッドへと連れてこられた。
城井の温もりが残っているベッドに横たわらされ、御影の隣に城井も横になる。
「城井?」
突然のことに御影はドキドキしていた。だって御影は城井のことが好きなのだ。好きな子に同衾を促されて冷静でいられるはずがない。
静かな部屋の中、肩がぶつかるほどの距離では心臓の音が聞かれてしまう。
「城井、どうかした?」
ベッドに連れてきておきながら未だに話そうとしない隣の城井に御影は声を掛ける。しかし返事はない。
もしかしたらソファに寝る家主を憐れんでベッドに連れてきてくれただけだったのかもしれない。城井に特別な気持ちはなく、もう眠ってしまっているのかもしれない。そう思い自分も眠りにつこうと御影が目を閉じかけた時、隣から城井の声が聞こえた。
「……これは好きになるしかねーだろ」
「えっ?」
続いて城井のため息が聞こえる。御影は慌てて起き上がると城井に目をやった。
常夜灯の薄暗い中でも城井の顔が真っ赤に染まり、彼が照れているのがわかる。
「城井?」
「お前、俺を落とすのに必死すぎ」
借りてきたDVDは全て城井の好みの作品ばかりで、直前に用意された飲み物もお菓子も城井が好きなものばかりだった。DVDを見ながら食べるピザが城井は大好きだったし、サイドメニューもポテトだけでなくオニオンリングも注文してくれたのだって最高だ。
「だって城井のことが好きだから」
御影の言葉に城井はまたため息をつく。しかしそのため息は落胆からくるものではないと御影はすぐにわかった。直ぐ近くで感じるそのため息は熱い吐息に近い。
また城井は、はあ、と息を吐く。そして意を決したように自分もベッドから上半身を起こすと御影と目線を合わせた。
「俺もお前が好きになった」
「城井……!」
突然の告白に御影は城井の身体をぎゅっと抱きしめた。触れた箇所からどちらのものともわからない心臓の高鳴りが聞こえる。
その時、あっ、と城井が声を上げた。
「お前、カンパのために俺のこと抱きたいだけじゃないよな!?」
その言葉に御影は一度身体を離すと懸命に首を横に振って見せる。
「そんなわけないだろ。俺はカンパの前からずっと城井のことを抱きたかった」
「抱きっ……」
改めてその言葉を口にされると途端に羞恥心が湧いてくる。自分が抱かれる側だということを改めて認識させられた城井は顔を真っ赤にして口をもごもごとさせていた。
「そう、だよな……御影の童貞を卒業させるには俺が抱かれる側、なんだよな……」
「城井が嫌ならもちろん無理強いはしない」
御影の言葉は本心だ。真剣な表情で正面から見つめてくる御影に城井は首をぶんぶんと大きく横に振った。
「嫌じゃ、ない……!」
暗闇にすっかり目が慣れてきたようで、ふと城井の目にテレビ横の棚に置かれた古いクッキー缶が目に入った。
あれは童貞カンパ代が入っているクッキー缶だ。今日までに御影は随分と城井にそのカンパ代を貢いでいるが彼の話を聞くにどうやらまだだいぶ中身は残っているらしい。
そうだ、と城井は御影を見る。
「どうせならカンパをパーっと使って童貞卒業しようぜ!」
「パーっと、ってどうやって……?」
城井は枕元に置いていたスマートフォンを手に取ると検索画面を開く。そしてなにやら打ち込み、目当てのページを開くと画面を御影に向けた。
暗い部屋に画面の明かりが眩しい。
城井が提示したページには「高級 ラブホテル」という短絡的な検索ワードの検索結果が映されていた。そこに映るラブホテルは都心の路地裏でひっそりと見るようなものではなく、大きく煌びやかな建物ばかりだ。普通のホテルのように見えて入口に休憩、宿泊の掲示があるので間違いなくそれはラブホテルらしい。
「ここで最高の童貞卒業しようぜ」
あの金で、と城井はクッキー缶を指差すとにっこりと笑った。
一番高い部屋は予約が出来るということで一週間後の日曜日の夜から宿泊で予約を取っておいた。それはカンパ代を使い切るのに約束期限ぎりぎりの日だった。
二人とも昼間にアルバイトを終え、予約時間より先に駅前で待ち合わせを決めた。
夕食の焼肉はこの後の緊張と興奮から味が分からなかった。
予約時間になり二人はホテルの前に到着すると城のように大きくて煌びやかな建物を並んで見上げた。
ホテル街を行き交うカップルたちは皆お互いのことしか見えていないらしい。立ち止まってラブホテルを見上げている男二人を気にするようなカップルはおらず、二人の横を通り過ぎてそれぞれラブホテルへと入っていく。
何組ものカップルを見送ってからようやく意を決して城井が御影の手を掴んで引いた。
「行くぞ!」
あまりの気合の入れ具合はこれからラブホテルに入るようには見えない。緊張で空回りをする城井に御影の緊張の糸は解け、今度は御影が城井の手を引く番だった。
フロントで予約の旨を伝え、フリードリンクやアメニティなどたくさんのサービスを受け取るとエレベーターに乗り込んだ。
部屋の前に着き、中に入ると後ろで重厚な扉が閉まった。
「すごっ!」
「おお……」
高額な金額に違わず室内は広く、豪華だった。部屋の真ん中には物語に出てくるような天蓋付きベッドが鎮座している。部屋の中には他に大画面プロジェクターやカラオケ、マッサージチェアが完備されており、浴室を覗くとサウナに岩盤浴まである。セックスをしなくてもこの部屋で一日楽しめそうなほどだ。
今すぐ遊び倒したい気持ちになる。しかし城井はわくわくと逸る気持ちを押さえて手に持っていたサービスの類をテーブルの上に並べ、大きなソファに荷物を置くと洗面所の方へと向かった。
「御影、俺先にシャワー浴びてきてもいい?」
「あ、うん。どうぞ」
てっきり城井のことだから目の前に広がるたくさんおアクティビティを遊び倒すのではないかと思っていた御影だったがそれは誤解だったらしい。城井は御影を置いてそそくさと洗面所へと消えて行ってしまった。
広い部屋に一人取り残されてしまった御影は荷物を置くと大きなベッドに腰掛けた。ふわっと沈んだベッドはとても手触りが良い。さぞ寝心地も良いのだろうとは思うが、城井より先に勝手にベッドに寝転んではいけないと思い御影はベッドを撫でるにとどまる。
室内を改めて見回してヘッドボードにしっかりと用意されているコンドームとローションの包みにこの部屋の本来の用途を意識させられる。
ほどなくして城井が洗面所から顔を出す。風呂上がりの城井が身に纏っているのは真っ白で柔らかな手触りの質の良いバスローブだ。
濡れた髪としっとりと濡れた肌、ちらりと見える白い太腿に御影の鼓動が高鳴る。
「御影もどうぞ」
「……うん。遊んで待ってて」
そう言うと御影は城井と入れ替わりに洗面所へと消えていった。
「お待たせ」
御影が戻ってくると城井は御影が風呂に入る前と同じ場所に座っていた。テレビを見ていた様子も、カラオケをした様子もない。御影は冷蔵庫からミネラルウォーターを二人分取り出すと一本のキャップを開けて城井に手渡した。
「……ありがと」
城井がミネラルウォーターを飲み始めたのを見てから御影も自身のミネラルウォーターに口を付ける。乾いた喉に冷えたミネラルウォーターが心地良い。
城井から飲み終えたミネラルウォ―ターを受け取りキャップを閉めてやるとヘッドボードに二本とも並べる。
ベッドに御影が乗り上げた拍子にベッドが男二人の体重を受けてギシリと軋んだ。その音に城井が大袈裟なほどに反応を示す。
「城井」
隙間なくぴったりとくっついて隣に座った御影が城井の頬に手を伸ばす。城井の頬は風呂上がりから少し時間が経っているにも関わらず熱く火照っていた。上目遣いで御影を見つめる瞳もどこか潤んで見える。
「城井……」
「御影……」
お互いを呼んでそしてどちらからともなく顔を近づけ、唇を合わせた。
「んっ、ぁ」
何度も角度を変え、唇の隙間から舌をねじ込むとその度に城井の声が漏れ出る。
城井は呼吸をするタイミングがわからなかった。だって城井は童貞で、キスもしたことがなかったのだ。
御影は薄目で城井の様子を伺いながら、ふ、と笑った。キスに必死な城井を可愛いと思う。
「城井、息吸って」
「すう……」
御影の言葉に沿って息を吸って、また塞がれる。
キスを繰り返しているうちに段々と慣れてきたらしい城井がようやく御影の背中に腕を回した。それを合図に御影はゆっくりと城井をベッドの上に押し倒した。
「ん、んっ……」
唇を合わせたまま御影の大きな手のひらが城井のバスローブの合間を縫って城井の胸元を撫でる。優しい手つきにこそばゆさを感じながらも、触れられた箇所が段々と熱くなっていく感覚を覚える。
「あっ、御影……っ」
腰ひもを解かれると簡単にバスローブははだけ、御影の眼前に下着だけを辛うじて身に着けた城井の裸体が晒された。
「御影……」
程よくついた筋肉と健康的な肌色。すらりと伸びる腕と足。下着に隠されている真ん中は下着の上からでもわかるくらい兆しを見せ始めていた。
初めて見た好きな人の身体に御影の身体が興奮で粟立つ。
「はぁっ」
勝手に呼吸が荒くなる。そして御影は手を伸ばして城井の胸を優しく掬うと片方の胸に唇を寄せた。
「ぁっ!?」
ちゅうっ、とリップ音を鳴らして乳首にキスを落とすと城井の身体が大きく震えた。
少し触れただけで城井のそこは可愛らしいピンク色に染まり、ぷくりと膨れる。
それがとても愛おしい。
ない胸を優しく揉みながら御影は何度も乳首にキスを落とし、時折音を立てて吸いついた。その度に城井は身体を仰け反らせ、漏れ出る声を防ごうと自身の口を手で覆った。
「んぁあっ、御影っ、やめっ……!」
ちゅるっ、と音を立てて舌で舐めてやるとひと際大きく城井の身体が震えた。ちらりと見ると城井の下着の前部分は先走りが滲んで下着の色を濃く変えている。
乳首への愛撫を止めず片手で器用に下着を下ろして陰茎を取り出してやると未使用のそれは綺麗な色をしていた。
「あっ、やっ、御影……ぇつ」
大きい手のひらでそれを包みこみ、自分が自慰する時の要領で上下に扱いてやるといつも自分がする自慰とは違う感触と力加減に城井は頭を左右に振って抵抗する。それでも御影は陰茎を扱く手を緩めない。
ますます先走りの量が増し、御影の手を濡らして更に滑りを良くしていく。ちゅこちゅこ、と濡れた音を立てながら激しく扱かれ、城井は息を詰めた。
「んっ、ぁっ、イっく……っ!」
ビクンと城井の身体が大きくしなり、同時に先端から白濁が噴き出る。それは御影の手を濡らし、城井の腹に零れた。
吐精して少し萎えたそれから手を離すとヘッドボードからティッシュを取って白濁を拭う。そして丸めたごみを枕元のごみ箱に捨てると御影はヘッドボードからローションの包みを手に取る。
射精の倦怠感から弛緩している城井の膝を立てて開かせる。間に身体を置いてからローションの封を切り、とろりと手のひらに中身を出す。そして足の間に見えた後孔にローションで濡れた指を当てた。
「ひっ」
突然後ろに感じた冷たいローションと御影の指の感触に城井の身体が強張る。それと同時に後孔にも力が入り、入口は御影の指を拒んでいた。
「城井、慣らすから力抜いて」
なるべく優しい声色で諭すように語りかけてやると城井がゆっくりと頷き、身体の力を段々と抜いていく。後孔が少し緩んだタイミングで御影は指先を城井の中に挿入した。
「ん、ぁあっ」
ローションの滑りを利用して御影の指がつぷつぷとスムーズに入っていく。しかしそれはローションのお陰だけではないと御影は気付いた。
「中、柔らかい……」
御影の呟きに城井の身体が反応してきゅうっと中の指を締め付けた。
「もしかして、自分で慣らした?」
途端に城井の顔と身体が赤らんでいく。それはどう見ても肯定の反応だ。
「だっ、だって慣らさないと入んねーだろうが!」
「ここに俺の挿れてくれるの?」
もう一本、とローションを更に足して隙間から二本目の指を挿入する。城井のそこは多少の抵抗を見せながらも御影の指を二本飲み込んでしまった。
「っあ……っ」
「痛い?」
「痛く、ない」
異物感を激しく感じるが一週間かけて慣らしたそこは痛みを感じなかった。むしろ内壁を指の腹でずりずりと擦られる感触が気持ち良くも感じる。
「指、動かすよ」
こくん、と城井が頷いたのを確認してから御影は指の抜き差しを始めた。
「んっ、あっ、あっ……!」
満遍なく内壁にローションを塗り込みながら中を広げていく。コリコリとした手触りの箇所を重点的に撫でてやると陰茎からぴゅっぴゅっと頼りなく精液が漏れ出る。
明らかに艶を含んだ声に三本目も挿れて充分に広げると御影はようやくゆっくりと指を引き抜いた。
はあはあと息を荒げて横たわる城井を横目に、御影はようやくバスローブを脱ぐ。完全に勃起した陰茎が下着のゴムに引っ掛かるのを煩わしく感じながら脱ぎ去るとヘッドボードからコンドームを手に取り装着する。
陰毛を巻き込まないように慎重にくるくると巻き付けていると城井の視線を感じた。
「……城井のえっち」
「なっ」
そう言ってやると城井の顔が真っ赤に染まった。それを笑ってやってから城井を組み敷く。
「城井、挿れていい?」
「ん……」
城井がこくんと頷き、御影は切っ先の照準を城井の後孔に合わせた。
前戯で使用したローションとコンドームに塗布されているローションが混ざり合い、ぐちゃぐちゃと音を立てる。そして数回ぬるぬると表面を滑らせると先端をゆっくりと埋めた。
「ぅ、ぁっ」
「きつっ……城井、力抜いて……」
ぎゅうぎゅうとした締め付けに御影が息を詰める。御影は城井の顎を手で掬うと唇を塞ぎ舌をねじ込む。
「ふ……」
その瞬間力が緩み、その隙に御影は腰を進めた。
「んっ……ぁあっ!」
「城井……っ!」
城井を労わりたいのに、自慰では到底得られない快楽に御影は腰の動きが止められない。
「うっ、あっ、ぁあっ……あん!」
初めは苦し気な声を上げていた城井だがその声は徐々に甘くなっていた。初めて後ろを使ったセックスをしているのにも関わらず、城井はしっかりと後ろで快感を得ていた。
御影の背中に回る城井の手に力が籠り、御影の腰に足を絡める城井は更なる快楽を自ら求めているように見えた。
「城井……っ、好きだ……っ」
「みかげ……っ、みかげぇ……っ」
激しい抽挿に合わせて二人の肌がぶつかり合う、パンパン、という乾いた音が広い部屋に響く。充分に注入されていたローションが深く挿入される度に押し出されぶちゅぶちゅと卑猥な音を立てて隙間から漏れてシーツを汚していた。
初めてのセックスに体位を変える余裕さえ二人にはない。
ベッドに辛うじて肩甲骨が付くほど下半身を高く掲げ、限界まで足を大きく開かせて上から串刺しにする。ずぼずぼと酷い音を立てて城井の穴に出入りする自分の凶悪な陰茎に御影は夢中になっていた。
「みかげっ、みかげっ……」
一方の城井も御影の陰茎に従順に吸い付き引き抜かれる度にぎゅうぎゅうと締め付けて離れることをよしとしない。
「城井……っ、城井っ」
「ぁっ、あっ、あっ、だめっ、だめぇっ……!」
ひと際奥深くを突き刺した瞬間、城井の陰茎から精液にしては薄い液体がぷしゃりと噴き出した。高く掲げられた下半身からそれは城井の顔に降り注ぎ濡らす。半ば放心状態の城井は自身が吐き出した体液を浴びていることさえ気にならないようだった。
「ッ……!」
射精と同時に締まる中に御影も我慢できずいよいよ精を吐き出した。0.01ミリの薄い膜にドクドクと大量の精液が溜まっていく。
最後の一滴まで絞り出すようにグッと腰を押し付けた御影は城井の上に倒れ込んだ。
ローションと二人分の汗と汁でぐっしょりと濡れたシーツの上でぜえぜえと酷い喘鳴音を鳴らす。
しばらくしてだいぶ呼吸が落ち着いてきた頃、御影が口を開いた。
「城井は童貞捨てないで」
切実に言う御影に疲れた表情で城井が頷いた。
「お前も、俺以外とスるなよ」
城井の言葉に御影は返事の代わりにキスを落とした。
十一月二十二日。いよいよ城井が二十歳を迎えた。
場所はいつもの格安居酒屋。参加メンバーはサークルの男子部員たちだ。
「それでは二十歳の誕生日を迎えた城井くん、乾杯の音頭をお願いします!」
部長に呼ばれた城井はビールのジョッキを持ってその場に立ち上がる。皆の視線が一気に城井に集まる。
城井は誕生日と初めての酒にドキドキと心臓を高鳴らせていた。
「城井尚弥、二十歳になりました! 乾杯!」
城井の声に合わせて皆がジョッキを合わせる。
「乾杯!」
あちらこちらでキンキンとジョッキがぶつかり合う音が聞こえる。そしてそれから皆がこぞって城井と乾杯をしに集まり、皆と乾杯を済ませてからようやく城井は初めてのビールに口を付けた。
一気に煽って半分まで飲むと、ぷはーっと勢いよく息を吐く。そんな城井を見て隣の御影が苦言を呈す。
「初めてなんだから無理するな」
「わかってるって。俺が無理したら御影が家まで送って♡」
そう言って城井は御影の肩にこてんと頭を預けるとケラケラと笑った。一方の御影はくっついてくる城井を離す動作もない。
傍から見ても違和感を覚えるくらい仲が良い御影と城井に部員たちは首を傾げる。
「お前らってそんなに仲良かったっけ?」
「おー、仲良くなったの♡」
城井はピースして見せると今度は御影の肩を抱き寄せた。部員が御影を見ると彼はどこか満足げに見えてますます不可解だ。
「さて」
飲み会が始まって少しして部長が立ち上がる。
いよいよ御影の卒業報告だ。
そう促され、御影は渋々その場に立ち上がると綺麗に中身の無くなったクッキー缶をひっくり返して見せた。その光景に大きな歓声が上がる。
「どの店?」
「あんなに金集まってたら余程いい店で卒業できたんだろ?」
「どんな子だった?」
「可愛い系? セクシー系?」
「巨乳?」
「どんなオプション付けてプレイしたんだよ?」
周囲は失礼なほど御影の童貞卒業に興味津々だった。それもそうだろう。あんなにもモテる御影が実は童貞で、自分たちによる多額のカンパを使って童貞を卒業したのだ。
“あの御影大和を俺が卒業させた”
そう言っても過言ではない、と部員たちは満足げに頷く。
御影が卒業した優良店の情報を求めて群がる部員たちを余所に、御影は静かに首を横に振って見せた。
「え?」
全てを否定する首振りに部員の一人が率先して声を上げた。直後、シンと静まり返った周囲に御影がようやく口を開く。
「風俗店は使ってない。貰ったカンパを使って好きな子とデートして、告白して、恋人になって卒業した。ちなみに金髪の可愛い系、尻派」
その言葉を理解するのに周囲は少し時間が掛かっていた。しばらく間を置き、そして。
「はああ!!!!!???」
と城井以外の部員たちが一斉に大声を上げた。あまりの大声に何事かと店員が声を駆けつけてくる始末で、部長は店員に平謝りだ。
「俺らの金で彼女作ってその彼女で卒業!?」
「そんな使い方ってありなのかよ!?」
「俺もそういう使い方すればよかった!」
「馬鹿野郎! お前が御影と同じ方法で卒業できるわけねえだろ!」
御影のカンパの使い方は前代未聞だったようで、その使い方は許されるのか、許されないのかあちこちで議論が繰り広げ始められていた。中には厳しい言葉も飛び交う様子に城井は御影の耳元に顔を寄せた。
「おい、大丈夫なのかよ」
御影本人よりも今の状態に不安を抱いているらしい城井の眉は下がっている。城井を安心させようと御影は微笑むと城井の頭を優しく撫でた。
「もしダメと言われたらカンパ代を返金するだけだろ」
「でも結構な金額だったし……」
思い出すと自分は一か月という短期間のうちに随分と豪勢なおもてなしをされていた気がする。
その豪勢なおもてなしがあったから御影と付き合うことを決めたわけでは決してないが、御影と過ごすあの時間があったから今自分たちは付き合うことができている。そう思うとデートに掛かった金額を返金するということはあの時間をなかったことにする、と言われているように聞こえて城井は明らかに落ち込んでいた。
目に見えて落ち込んでいる城井の頭を御影はポンポンと叩いてあやす。
「ここでカンパ代を返金したからと言ってお前と俺の関係がなくなるわけじゃない」
「確かにそれはそうだけど……」
その時、パンパン、と手を叩く音がして皆が一斉にそちらに目を向けた。
それは周囲の喧騒を余所に寄り添う御影と城井を見て部長が部員たちの注意を引いた音だった。部員たちは言い合いをやめ、部長に顔を向ける。
「代々伝わる我が部の童貞カンパは童貞を卒業するためのカンパ。期限は設けられているが使い方は特に指定されていない」
今回の御影の期限は城井の誕生日までの一か月。御影は期限を守って使用し、そして当初の目的通り童貞卒業を果たしている。
「特に問題はない、と俺は判断した。俺としても御影の使い方は予想外のものだったが……お前たち、悔しかったら御影と同じ使い方で卒業してみろ」
二ッと笑って挑発する部長に部員たちが一斉にブーイングを始める。しかし部長はそんなものものともせずケラケラと笑った。
「ま、その使い方を試してみて卒業できなかったら全額返金だからな」
部長のその言葉に周囲は更に声を大にして部長に詰め寄り始める。終いには部長を酒で潰れさせようと酒のオーダーが始まり、テーブルの上には大量のアルコールが並び始めていた。
コースメニューの揚げ物類は瞬く間に消え、テーブルの上に並んでいたアルコールも空になっては追加注文され、絶え間なくテーブルの上は賑わっている。あちこちで大笑いが聞こえ、飲み会は大いに盛り上がっていた。
そして飲み会も終盤に差し掛かり、いよいよ次のカンパの対象である城井が話題に上がる。
「御影も無事卒業したし、次は城井だな!」
「お前もまだ童貞なんだろ?」
「一か月で急に童貞卒業はさすがに無理だろ」
御影じゃあるまいし、とドッと笑うと部員たちはカンパを始めようと先ほど御影から返してもらったクッキー缶を城井の目の前に置く。そして皆がそこにお金を入れようと財布の準備を始めた時、城井が口を開いた。
「あの」
皆の視線が一斉に城井に集まる。
「わりい。俺、こいつと童貞捨てない約束してるから、捨てられない」
そう言うと城井は御影を指差す。指を刺された御影はどこか得意げな表情を浮かべていた。
御影は城井の腰に腕を回すとグイっと引き寄せる。
あまりにも近い距離と二人の間に漂うただならぬ空気に再び場は一瞬で静寂に包まれた。
「えっ?」
ようやく声を上げたのはここまで何があろうとも動じずにいた部長だった。
「俺と御影、付き合ってるんで」
「えっっ?」
「御影の童貞卒業させたの、俺」
「えっっっ?」
驚きで目を丸くさせた部長が御影と城井を交互に見る。言葉に発さずとも、本当に、と尋ねる彼に二人は満面の笑みを浮かべて頷いて見せた。
「だから城井へのカンパは不要です」
一生卒業させる気はないんで、と言い放つと御影が城井の頬にキスをした。周囲は阿鼻叫喚の嵐だ。
「金髪可愛い系尻派……」
部長はごくりと生唾を飲み込むと城井を見て呟いた。
(おわり)