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光の小説部門 選考通過作品 『親友が俺受けの人外凌辱本を作っているんだが……?』

2024/10/25 16:00

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『親友が俺受けの人外凌辱本を作っているんだが……?』

 

 

あらすじ
誉の部屋で自分を主にした人外凌辱本を見つけてしまい、誉とちょっとした言い合いになり部屋を飛び出した律希は、帰り途中その兄(秀)に会う。家に帰る筈がまた誉の部屋に戻る羽目になる。 その時に誉どころか秀の残念過ぎる性癖も知ってしまう。流れで誉と交際するように仕向けられ、逃げようとするも二人がかりで襲われ体の関係を持ってしまう。 その過程で二人はイカの人魚だと知り、幼少期にその姿で会った事があると言われるが思い出せない。 二人の元から逃げ、普通の暮らしを続けるが何処か物足りなく感じてしまい結局律希は自分から誉の元へと行ってしまう。 しかしそれは罠だった。律希の普通の世界が壊れ、訳のわからない現実に放り込まれる。 その夜不思議な生き物達を助ける夢を見る。生き物たちに言われた言葉と自分から言い出した約束を思い出す。その生き物たちこそ二人だった。

 ※こちらの作品は性描写がございます※


『あ、あ、ん♡』
 ——何だ、コレ。
 上下左右から無数に伸びている触手に全身を絡み取られ、気持ち良さそうに宙に浮かされている。
 トロトロに蕩けた顔で触手に揺さぶられているのは間違いなく俺……斉藤律希だった。
『いい……♡ もっと奥……っして♡』
 ——あり得ねえ。
 結合部分は白ぬきされているものの、擬音と描写角度がエグい。トロ顔といいハートマークの喘ぎといい、正直そこらのエロ本よりエロかった
 一目でそういうモノを目的としたエロ漫画は、何故か通常の漫画よりも大きくて薄い
 手にしている漫画を食い入るように見つめ続けた
「え、マジで何これ?」
 そう思うものの、漫画から手を離す事も出来ずに困惑した。
 パラパラとページをめくる度に、描写は激しくなり、腹の中の断面図まで描かれている。
 直腸の奥であろう図には、横向きに曲がっている部分があり、この漫画の中での自分は、結腸責めというもので潮を噴きまくっていた。
 ——噂には聞いてたけど、男でも潮って噴くんだな……。
 知りたくなかった。
 素朴な疑問と共に遠い目をした後で目頭を揉んだ。
 1つ年上の兄と折り合いが悪く、この1LDKのアパートで1人暮らしをしている親友の佐々木誉の部屋には、社会人になった今もこうしてよく遊びに来ている。
 今日も同じで、週末を有意義に過ごしているところだった。
 昨夜は宅飲みをしていたのもあって、散らかっている部屋の中を掃除しようと思ったのが運の尽きだったのかもしれない。
 ゴミを分別しながら窓際に置かれてあるベッドへ近付いた。
 ちょうど足元付近にあたる所に置かれてあった寸法100センチくらいの大きさの段ボール箱に目が止まる。
 被せられていたシーツを剥ぎ取った。洗濯物だとばかり思っていたのに違ったらしい。
 開封された段ボールの中から雑誌みたいな表紙が見えた。
 エロ本でも出てきたら揶揄ってやろうと悪戯心が芽生え、軽い気持ちで中を覗き込んだ。
 中身とご対面するのに数秒足らず。
 箱の中はB5サイズの薄い漫画本がたくさん入っていた。
 しかも表紙絵はどこかで見た覚えのある顔と髪型だった。
 ——こんなサイズの漫画なんてあるんだな。
 B5サイズなんて、週刊や月刊発売の漫画雑誌くらいしか思い浮かばない。
 1冊だけ手に取ってみると下にも同じ漫画があり、首を傾げる。何冊か手に取って退けてみると、また同じ本が出てきた。
「何冊同じ漫画買ってんだよ、あいつ」
 箱の中にはビッシリと同じ本ばかりが詰まっている。
「まさかコレ全部同じ漫画なのか!?」
 いくらファンと言えども、こんなに沢山買うものなのだろうか。
 ザッと数えただけでも100冊はありそうだ。
 ページをめくり……話しは冒頭に戻る。
 ページを飛ばしまくって最後のページを見つめる。

【律希人外凌辱シリーズ第3話触手編・了。第4話へと続く】

「続くんかよっ!」
 手にしていた漫画をベッドの上に叩きつけた。
 この漫画の主人公は俺自身で間違いない。
 エロ過ぎる事に怒るべきか、男であるにも拘らず人外に好き勝手されている事を嘆くべきか、親友に性的対象として見られているかもしれないと危機感を持つべきなのか分からない。
 このままずっと現実逃避していたかった。
 奥付けに【homare】と書かれているから、誉自身が描いてネットか何処かで販売しているのは間違いないだろう。
 百冊も同じ漫画があるのは誉が購入したのではなく、出来上がった原稿が印刷所から送られてきたのだと考えると納得出来た。
「名前くらい変えろよ! つーか、アイツこんなエグいもん描く趣味があったのか」
 十八年付き合いのある親友の意外な一面だったが、知りたくなかった一面でもあり、これからどう接していけば良いのか本気で悩んだ。
 趣味は趣味で別で良い。俺はどうこう言える立場ではない。
 問題は主人公が俺だという事だ。
 幸いな事に今誉は近くのコンビニに朝食を兼ねた昼食を買いに行っているので部屋には居ない。
 このまま何もなかった事にして急用が出来たから家に帰るとLINEを飛ばそうとした所で玄関の扉が開いた。
「ただいま〜。律希の好きなカフェオレも買ってきたよ〜」
 間延びしたやる気無さそうな声を聞いて、ビクッと肩をすくませる。
 ——もう帰ってきた!!
 誉の歩幅だと玄関から数歩で辿り着く。
 こういう時部屋がひとつしかないのはツライ。漫画をしまう時間もなく誉が顔を覗かせた。
「律希ー? いるんじゃん……、て、あ」
「……」
「……」
 重苦しい沈黙が流れる。
 視線を合わせたまま、ここの空間だけが切り取られたような気がした。

「あーーー……、見ちゃった?」
 気まずそうに右頬を指でかいた誉が苦笑する。
 ここまで来たらもう引き返せない。徹底的に追求してやろうと口を開いた。
「誉! お前、人を使って何してくれてんだ。せめて名前変えるとか、顔を変えるとかしろ! それに何だよこの薄くてデカい本!」
「え、同人誌知らない? それにさ他の奴じゃなくて、律希が描きたいんだよね。顔も名前も変えるとかあり得ないでしょ。律希ってば超エロ可愛いって大人気なんだよ? さすが俺の推し!」
 悪びれた様子1つ見せずに、誉の瞳がキラキラと輝いている。俺の思考回路は停止寸前だった。
「推し……同人誌……エロ可愛い」
 おうむ返しに口にする。
 でも良く良く考えてみると、誉には彼女が居るはずだ。何故俺にしたんだ? 疑問が尽きない。
「少し前のイベントでも行列出来ててさ。びっくりだったよ! 丹精込めて律希を開発したかいあるよね」
「漫画の中でな! つか、俺を勝手に出すな!」
 ——イベント?
 駄目だ。全くと言って良いほどついていけない。
 いや、説明して欲しくもなければ理解したくもないけれど。
 ベッドの上に投げつけたばかりの同人誌に手を伸ばす。
「だって俺、律希が人外やら何やらにヤラレまくって快楽堕ちするのを想像したり見るのが好きなんだよね。でも現実はそんな事にならないし。なったら地上じゃ法に触れるし。だからこうして形にしてるんだよ。もうさ、無いなら自給自足するしかないでしょ! 妄想爆発するでしょ! 俺は律希が犯されるのを見てて興奮すんの。結腸責めされて善がり狂う律希最高っていうか。何から何まで平凡で普通なのに犯されてる時だけエロいって何? 滾りますけど? ザーメンかけられて悦に浸るとことか。イラマさせられてんのに勃っ……「やめろ変態! 悪かったなっ、何から何まで平凡で! お前とはもう友達やめるっ!!」……ええっ!?」
 ノンブレスで説明し始めた誉の言葉を遮って、同人誌を剛速球で投げつけた。
 ——性癖歪み過ぎだろ!
 前々から変な奴だとは思っていたが、思ってた以上に誉の脳みそはイっちゃってた。
「いっだぁあああ! 待って、律希。今日も萌えの補給をっ!」
「知るか!」
 本の角が額に直撃したにも拘らずに、まだ訳の分からない事を喚きながら引き留めようとしてくる誉に蹴りを入れて地に沈める。
 靴を履いて急いで部屋を出ると全力疾走した。
 自分家と誉のアパートとの中間地点まで来て歩を緩める。
 今となっては、互いの家が近いのはデメリットでしかなかった。
 脳裏で誉の顔が過って消えていく。
 残念なイケメンてきっと誉を指す言葉だ。
 やたら輝かしい顔は俳優顔負けだし、声も良い。その上、高身長で細マッチョの体も、長い手足も相まって良い男を演出している。
 なのに頭の中……否、思考回路が気の毒を通り越して宇宙人過ぎた。
 ——残念ながら俺には日本語しか分からない。
 理解不能である。特に誉の性癖は、成長過程で拗れた上に曲がりくねってもう末期さえも通り越している。
 妄想街道まっしぐらどころか、脇道に逸れて迷宮入りしてしまっていたとは……あの漫画本を見るまで知らなかった。
 ——お前どこで道を踏み外した!?
 逡巡しながら自宅へ向けてトボトボ歩いていると、目の前に誰かの足元が見えた。
「律希?」
 名を呼ばれて顔を上げる。そこには誉の一つ上の兄、秀《しゅう》がいた。
「秀……」
 誉がまだ実家暮らしをしていた時は、この二人はいつも喧嘩ばかりしていた。
 ちょっとした言葉のやり取りでも部屋の壁に穴を開ける奴らだ。
 どうしてそこまで反りが合わないのかは分からないけど、それをいつも止めていたのが俺だった。
「っにしても、相変わらず平凡だなお前」
 秀が喉を鳴らして笑う。
 兄弟揃って同じ事を言われ、腹が立った。
「どうせ平凡だよっ俺は!」
 ——お前らと比較するな!
 つい喰ってかかる。
「別に悪いなんて言ってない」
 秀も誉同様、やたら顔もスタイルもいいのだ。
 性格や喋り口調、髪型とか好む服や装飾品などは全く違うが。
 誉は色素の薄い髪の毛をしているので一見チャラ男にしか見えないが、秀は黒髪の唯我独尊男の俺様気質の一匹狼だった。
 色々な箇所がピアスだらけで、耳だけに飽き足らず唇や舌にまで開いている。口数は少ないけれど、それがまた彼自身の魅力を引き立たせていた。
 幼少期からこの兄弟と共に育ってきたが、佐々木家の顔面偏差値の高さは異常である。
「これからどっか行くのか、秀」
「ああ。野暮用にな」
「遊び?」
「遊びじゃない。ああ、律希お前も付き合え」
 突然の申し出に首を傾げる。
「何処に?」
「今からあのバカのとこ行くんだよ。お前も一緒に来い」
 ——バカのとこ? て、まさか……。
「もしかして誉のとこ行くの?」
「そうだ」
 言いながら腕を引かれて、引き摺られる。
「いや、無理無理無理無理! 俺、誉んとこから逃げだして……、違っ、帰ってきたとこだから無理」
 思いっきり足を踏ん張って首を左右に振り続けたら、秀が足を止めた。
「何だ、珍しい。喧嘩でもしたのか?」
「そうじゃないけど……。今は誉と顔を合わせたくないから行かない」
 一方的に絶縁発言してきたとは言い難い。
「ああ? 喧嘩してねんなら良いだろ。それに俺が行くっつってんだから行くんだよ。さっさとしろ」
 ——何この暴君。
 再度腕を取られて引き摺られた。
 そういえばこの人昔っからこうだったな、と考える。強引で人の話なんて聞きゃしない。
 ——しかも何で態々恋人繋ぎに直した?
 誉のアパートへとドナドナされる羽目になった。



 ***



 ピンポーン、と秀がインターフォンを鳴らし、だいぶ間を空けてから扉が開いた。
「んだよ、秀。何の用?」
「例のモン出来たんだろ? 寄越せ」
 かったるそうに扉を開けた誉と目が合う。
「律希……なんで秀といるの?」
 どこか不機嫌そうな誉の視線が、秀に繋がれている手に向けられていた。
 気まずくなり秀の手を振り払って二人に背を向ける。
「んじゃ俺は帰るから……」
「待って、律希!」
 踵を返した瞬間、数歩も行かない内に後ろから飛びつかれてつんのめった。
 ウェイト差を考えろ、と口を開きかけたところで、先に誉が言った。
「律希ごめん。お願い、帰らないで。俺が悪かった。本当にごめん」
 抱きしめられている腕に力が籠る。
「誉」
「人外じゃなくて今度はちゃんとした人間にマワさ……「そうじゃねーよ! このバカ!!」……」
「え、違うの!?」
 斜め上すぎた回答にイラッとした。
 誉の目が大きくなり、数回瞬きしている。
 ——ダメだ。こいつ本物のバカだった。
 まさかここまで話が通じていないとは思わなくて、頭が痛くなってくる。
 ——言ったよな、俺? 勝手に実名出演させんなって!?
「人の話聞いてたか!?」
「え、人外が嫌だったんじゃないの?」
「違う!!」
 どこまでも残念な思考回路を持つ親友の頭を叩いた。
「秀、俺帰るからこのバカどうにかして……って、居ねえんかよ!」
 どんだけ自由人なんだよコイツら。
 ちょっと目を離した隙に忽然と姿を消した秀に憤慨していると、何事も無かったかのような顔で秀が玄関先に戻ってきた。
 その手には誉と揉める原因になった同人誌が握られている。
「秀……それ……」
「ああ、お前の輪姦シリーズ本だ。お前エロいからな」
「それ俺じゃねーからな!? 本物の俺を無視しないでくれる? 俺はエロくもなければ性癖も何もかもがノーマルですからっ! つーか、秀も読者だったんかよ」
 吠えたところを無視され、秀は誉に視線を向けた。
「誉、今度はNTRもんにしろっつったろ。それに触手描くならイカの人魚にしろよな。普通のやつとか二番煎じもいいとこだろが。イカだったら俺が律希ぶち犯してる気になるから良い。触手と一緒に腹ん中めちゃくちゃかき回してぇ」
 ——やっべ、バカ2号がいた。
「それ千五百円ね。まあ、確かにイカなら俺らと変わらないから楽しめそう。どうせならNTRからのそのまま3Pとかは?」
 ——いや、意味わかんねえー。つーか、お前らそんなに仲良かったか? 何で今まで喧嘩してた? 超仲良しじゃねえかよ。
「3Pならそれもそれで良いけどな。律希を彼氏から寝取る系にしろ」
「何で彼氏なんだよ。それに全然良くねえよ! 俺が普通に女の子好きなのお前ら知ってんだろ!」
「律希ちょっと黙ってて。はぁー……。寝取るとか相変わらずクズ思考だよね」
「律希寝取られてんの見て興奮してる奴に言われたくねえわ。つうかよ、お前と律希がリアルに付き合えば全てが丸く収まるんじゃねえ? 俺がそれを寝取る。お前はそれを見てればいいだろ?」
「秀……お前って天才!? 初めてお前が兄で良かったと思ったよ」
 ——言葉が通じない人らとはどう接したらいいの?
 この場から今すぐ消えたくなった。
 名案だと言わんばかりに期待の入り混じった顔で二人から見つめらる。
 ——これ……逃げないとマズイ。
 弾かれたように走り出そうとした。
 だが読んでいたかのような俊敏さで、背後から羽交い締めにされ部屋の中に押し込まれる。
 ——おい、誉……いつもの怠慢な動作はどうした? そんな機敏に動けたんか!?
「誉……っ、今離せば許してもいい。だから帰らせて!?」
「だーめ。律希ぃ、今日もうちでお泊まりして行きなよ。恋人でしょ、俺ら。おばちゃんには俺が電話かけとくからさ」
 やたら甘ったるい声で誉に囁かれた。
「ひっ」
 首元に顔を埋められて鳥肌が立った。
「だからっ、俺は女の子が好きなんだよ! それにいくら誉だろうと友人から恋人になる事はない!」
「突き合ってみなきゃ分かんねーだろ。体の相性良いかもしれんしな。ま、俺はバリタチだから突く側だ。とりあえず律希、靴脱いでベッドの上で話しようぜ」
「それ絶対つきあうの漢字が違うだろ! 秀までそんな残念な頭だとは思わなかった! 俺は帰るって言ってんだろ。やめろ。靴脱がせんな。離せーーーっ!!」
 あの同人誌のような展開になってたまるかと、力の限り暴れて抵抗しまくった。
 昔から体を張って二人の喧嘩を良く止めていたのもあって、俺の体術も中々の腕前になっている。
 ただ、二人も本気だった。
 普段と眼光の鋭さが違う。
 エロがかかっているとこうも変わるものなのか? 己の欲求に忠実過ぎやせんか!?
 今じゃなくて、日常生活で発揮して欲しい。
 掴まれた腕を引き抜いて、誉に蹴りを入れる。
「もう! 律希大人しくして!」
「男としての尊厳かかってんだよ! 大人しくするわけねえだろ!」
 背後から秀に腕を捻り上げられそうになって、同じ向きに体を回転させてから足を振り回す。
「ちっ、ラチあかねえな」
 蹴って殴りまくる。
 暫くの間攻防戦を繰り返していると、誉がスーツのネクタイを取り出してきてとうとう両手を縛られてベッドの上に寝かされた。
 一人相手でもしんどかったのに、二対一はキツ過ぎた。
 手を戒められてから呆気なくベッドの上に転がされてしまう。
 太ももの上に秀に乗られ、動けなくさへる。暴れまくったせいで荒くなった息を吐き出して、肩で呼吸を整えた。万事休すである。
「わー、息乱すリアル律希めっちゃエローい。バイブ突っ込んで一日中放置してみたい」
 ——やめろ……。
 ここで諦めたら男としての普通の道までもが断たれてしまうこと必至。何とかしなきゃと頭をフル回転させる。一纏めにされた腕で顔を隠して、言った。
「も……最低。お前らなんか……嫌い」
 弱々しい声音になるように言った。
 我ながらキモい。
 演技力の無さに泣けてきて顔を隠したままでいると、バカ二人がやたら静かなのに気がついて腕を退けた。
 二人は俯いたまま微動だにしなくなっている。
 ——効いている……だと!?
 心の中でガッツポーズを作ったのも束の間だった。
「「勃った」」
 不穏な言葉が聞こえてきて、思わず瞑想しそうになってしまう。
 ——しにたい……。
 心の中で呟いた。




 両腕はネクタイで縛られているので、先に脱がされたのは下半身だった。
 昔から修学旅行の共同風呂や銭湯に行っていたのもあって、二人に裸体を晒すのに抵抗はない。
 無いけれど、今は状況が状況だけに恥ずかしくて堪らなかった。
 じっくり観察するように見つめられ、羞恥で地に埋まりたい衝動に駆られる。
「そういえばココも普通だったな」
「律希ってほーんと全部が普通なんだよね」
「ほっとけ!!」
 耐えられなくなり最終手段を投下した。
「つか、お前ら彼女いるだろ! 俺とこんな事してていいのかよ! 浮気してるってチクるぞ!」
 そう。二人にはちゃんと彼女がいる。それどころか俺も顔を合わせた事があるくらいだ。
 二人とこんな事をしたとなっては、こっちとしては彼女らに合わせる顔がない。
 平気な態度を取れるほど不誠実な性格はしていなかった。
「あーー……」
「そういえばそうだったね」
 記憶が確かならもう半年くらいは経っている筈だ。
 二人はスマホを取り出すなりそれぞれ電話をかけ始めた。
「俺だ。悪いがもう別れる」
『え、ちょっ秀……?』
 秀が通話を終了させる。
「俺俺。ごめんね、別れてくれる?」
『誉、何言っ……」
 誉までもが相手の声を遮るように通話を切った。
 オレオレ詐欺にしか聞こえない。
「女の子にはもっと優しくしろ! 俺なんてな、女の子と付き合った事もないんだぞこんちくしょう! ムカつくっ、ふざけんなっ! お前ら後三発くらい殴らせろ!!」
「え、そんなの当たり前でしょ。律希に気がありそうな子たちは、俺と秀で手分けして徹底的に引き離すようにしてるからね!」
「何でだよっ! 余計な事してんじゃねえよ! クズ共が!」
「クズじゃないよ? 律希には俺と秀がいたらいいでしょ? それに本命と付き合う事になったから別れたの。二股かけるより良くない? 元々律希の代わりにしてただけだし。ちゃんと相手にも了承して貰ってるよ」
「は? 代わりって……」
「お前がノンケだとことある毎に公言するのが悪い。お前を抱けるんなら初めっからソイツらと付き合ってないしな。悪いのは律希お前だ」
 秀の横で誉がウンウンと頷いている。
 ——あー……うん……、マジでコイツら纏めて、はっ倒したい。そして絶対縁を切る。
「俺悪くねえだろ。性癖歪んでないだけだ。お前らこそ俺にこんな事してて悪いと思わなかったんかよ! つか、倫理観どうなってんだよっ、性癖も拗らせ過ぎだろ」
「倫理観? 陸に上がる時には無かったよ?」
「俺には初めっからそんなもん無い」
 ——うん、もういっそ清々しいわ。
 また宇宙と交信してるような気分になってきた。
 その前に気になる単語が出てきた気がする。
「陸二上ガル時ッテ……?」
 電波系と会話してる気分になり、思わずカタコトになってしまった。
「んー、見せた方が早いかな?」
 誉と秀の腰から下がドロリと蕩けたかと思いきや、何本もの白い足がウネウネと動き出す。その一本に頬を撫でられた。
「実はこういう事なんですー。俺らイカの人魚だよ。律希忘れてるっぽいけどさ、小さい頃この姿の俺らと会った事あるよ?」
「う、にゃ、キャーーーーー⚪︎△×ッ〜〜!!!」
 人生初と言っていいくらいに奇妙で超裏返った声が出た。
 長年仲良くしていた親友とその兄は人ではなかったらしい。
 色んな事が重なり過ぎて、脳内処理が追いつかなくなってそのまま失神した。





 下半身に妙な圧迫感があり、体が前後に揺すられているのが分かって段々視界が開けてきた。
 ——眩暈……? でも気持ちいい…………気持ちいいっ!?
「起きたのか、律希」
 目の前にやたら雄臭い表情をしている秀がいて、内部の違和感と陰茎を何かに擦られている感触に悲鳴が出た。
「ひ、あ……ッ、ま……て、秀……っ、抜いて」
「お前ん中、居心地良すぎて出たくねえ」
 ハっ、と劣情を孕んだ吐息をこぼされ、息を呑んだ。
「起きたし、もう俺の好きに動いていいよなあ?」
「いや、ちょっと待て……っ、て、ん、ぁ、あ! 秀っ、嫌だ……ッ、マジで待って……っ!!」
 言い終わらない内に揺さぶられる速度が一気に増した。
 違和感しかなかったとこの縁がまた小さくめくり上がったかと思いきや、そこから細めのナニかが入り込んでくる。
 視線をやるとウネウネと蠢くイカの足が、己の陰茎に絡みつき、秀の陰茎と一緒に中にも入り込んできた。
 内部から腹の辺りを探られ、しこりをみつけると吸盤が吸いつく。その瞬間だった。
「なに、これ……っ! 待てって、なんで齧られて……っ!?」
「ああ、イカの吸盤は中んとこに細かい歯が付いてんだよ」
 さも当たり前のように言われて、声が出ないように、戒められたままの両手で口を押さえた。
 吸い付かれるだけでなく、緩く齧られて刺激を与えられると頭の中が飛びそうなくらいの快感に襲われて訳が分からなくなってくる。
 両手で腰を持たれて打ちつけられる度、異物感とはまた違った感覚が押し寄せてきて内心焦った。
「秀……っ、止まれ、なんか……、ひっ!?」
「やっと中も気持ちよくなってきたか?」
 ——うそ……。そんなわけない。
「違う!」
 そう思うものの、込み上げてくるのは射精感で、誤魔化すために暴れ始めた。
「食い千切らんばかりに俺を締め付けてるぞ?」
「秀っ、止まれってぇえ!!」
 体の底から快感で溶かされそうだった。
「今の状態で暴れても腰振ってるようにしか見えん」
 喉で笑われる。
 ——ダメだ……っ、もうイク!
「しゅう〜〜、抜けってぇええ! もう……ッ出る!!」
「一緒にイクか?」
「嫌だっ! 抜けってぇえ!」
 思いっきり腰が反り返った。
「やっば、嫌がりながら気持ちぃーの我慢してイかされそうな律希めっちゃ可愛い…………でも秀にヤラれて感じてんの? 何それ……めっちゃムカつくんだけど。ねぇ律希、お前の男だれ?」
 ——めんどくせーな、お前はっ!!
 ヤンデレさながら嫉妬心丸出しで口を開いた誉に視線を向ける。
 そこには、こっちを見ながら、自身の陰茎に指を絡める誉がいた。
 ——マジか、コイツ。
 本当に寝取られている自分を見て興奮するのだと理解したのと同時に、欲を孕みながらも責め立てるような視線を送られてしまい、腰に入る力が増した。
「おい、締めすぎだ……っ」
 秀の声がどこまでも甘ったるい。
「あー、お前の彼氏に見られてんな?」
 ——お前はどこまでもNTR設定か!?
 こんなに仕組まれた妙な現状なのに、それでも体の高まりが止まらなくて頭が混乱してくる。
 誉はずっと嫉妬心丸出しで見てくるし、秀は秀で征服欲を押し隠しもせずに動きを止めようともしない。
 何だかいけない事をしている気分になってきて、背徳感が凄まじい。
 ——これ、ダメだ……俺まで頭が馬鹿になる。
 ゾクゾクとした悪寒が背筋を駆け上った。
「ひぅ、ア、ぁ、あー!」
 自身の腹の上に精液が散る。
 上体を倒されて口付けられたまま、グッと腰を押し付けられたまま緩い抽挿を繰り返された。
 ——コイツ、絶対中に出しやがった。
 口内を蹂躙してくる舌が上顎や粘膜を擦るとピアスが当たって、それも刺激となった。
 放心状態のままいつまでも口付けてくる秀のされるがままになっていると、ある事に気がついた。
「ん、ぅ、う?」
 中に挿入ったままの秀のモノが硬いままなのだ。
 嫌な予感しかしない。
 問いかけようにも口は塞がれたままで、まだ離して貰えない。
「はっ、ま……っ、んぅ!」
「あーーー、萎える気しねえ。律希今度は上に乗れ」
「いや……無理」
 やっと口を離して貰えたものの、伸びてきた触手にいとも簡単に騎乗位へと体勢を変えられ、額から嫌な汗が流れてコメカミを伝い落ちていく。
 ——人外、滅びろ。
 またしても下肢に伸びてきた触手に刺激を与えられて半勃ちにさせられた。触手の先端がそのまま尿道口をつつく。
「まさか……」
 入り込む気なんじゃないかと冷や冷やしていると秀が口を開いた。
「律希お前このまま俺らと縁を切る気だろ?」
 ——バレている。
「なら、一生離れられんくらいとことん開発してやる」
「え……」
「あ、秀が終わったら次は俺の番だからね、律希?」
「ほ、まれ?」
 いつの間にか近くまで歩み寄ってきていた誉に両頬を両手で挟まれて、顔を向けさせられる。
「彼氏以外に挿入れられて感じちゃうイケナイ子にはお仕置きしなきゃね」
 声のトーンが冗談に聞こえない。
 逃げ出そうとした瞬間、尿道口に触手が入り込んできて奥まで進んでいく。
 後孔と尿道口の奥の両方から前立腺を刺激され、意に反して陰茎が勃ち上がった。
「また感じてんの、律希。ダメじゃん。上は俺がやってあげるよ。その代わり、口貸して」
 胸の突起に触手を這わされ、吸盤に吸い付かれたかと思えばそこもまた緩く齧られる。
「律希、あーん」
 イカの足の間から現れた血管の浮き上がるモノを眼前に突きつけられ、激しく首を振った。
「嫌だ、無理。誉!!」
 誉の腰を掴んで押し返す。
「だーめ」
 無理やり口を開けさせられて口内に押し込まれた。
「ん、ぐ」
 先端を含まされたものの、それ以上入る気がしない。
「顎痛くならないように、ここの感覚だけ無くしてあげる。亀頭に擦られてすぐに上顎も気持ち良くなるよ?」
 そんな情報はいらない。
 触手に両顎をなでられた瞬間、本当に口を開けている感覚だけがなくなった。
 しかも閉じられないようにもされている。
 その後、秀には下から突き上げられ、酸欠も相まって頭の中が白に霞む。
「んっ、んーーー、んぅ、んんんー!」
 秀から与えられる律動が激しくなる度に、誉の陰茎が喉の奥まで入り込んだ。
 そこからは誉の言う通り、上顎が擦られて快感を感じるようになった。
 しかし、これでは酸素が足りなくて苦しい。
 酸欠で喘ぐと、頭の中がフワリと揺れる。次第に、トリップしているのか多幸感で満ち溢れ、気持ちよさが三割り増しになっていった。
 聞き慣れない耳障りな淫靡な水音だけが響いていく。
「んっ、ン、んっ!」
 頭が痺れて思考が働かなくなり、快楽だけを追ってしまう。
 尿道口に入り込んでいた触手が出ていくと、悦楽で何度か意識が飛んだ。快楽を感じる脳神経が焼き切れた気がした。
「んんんーーー!!」
 気持ち良すぎて泣けてくる。
 秀の腰の上で両腰を持たれたまま弾まされ、突かれる度にトロトロと精液が溢れていって秀の腹を汚した。
「トコロテン気持ち良かった?」
 誉に頭を撫でられながら問いかけられ大人しく頷く。
 律動が一気に激しくなり、縛られたままの両手を誉の腰に押し当てて、思いっきり押し返した。
 口から陰茎を引き抜くと、顎の感覚も戻ってくる。
 秀がイくのを見計らって誉に体を持ち上げられた。
 今度は後背座位で誉の腰の上に乗せられ、自重で全て飲み込んだ。
 いや、直腸の奥に行っても止まる事なく、誉が腰を押し付けてくる。
「誉! 誉! もう挿入らない!!」
「律希さ、俺の漫画の何を見てたの?」
「なにって……」
「分かりやすくちゃんと断面図まで描いてあげたのに見てない筈ないよね?」
 背筋に悪寒が走る。
 聞いてはいけないような、得体の知れない怖気だった。
「誉……?」
「律希がいるの分かってて態と置いてたんだよ。アレがなかったら人外との男同士のセックスなんてずっと知らないままだったでしょ? それにさ、俺と秀は本当は仲悪くないよ? あれ全部〝フリ〟だから」
 耳を疑った。
 あの誉が本当は腹黒だったかも知れないなんて脳が受け付けてくれない。
「え? え? 何……?」
 知っている誉は朗らかで緩い性格で優しくて、いつも隣で笑っている男だった。こんな策士的な男じゃない。
「殴りあってたのは本当だぜ? 大抵はお前に手を出すか出さないかで揉めてただけだ」
 秀までもが意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「あー、ダメ。秀にヤラれてんの見てたらスイッチ入っちゃったじゃん」
 正面にいる秀と視線が絡んだ。
「律希。諦めろ。こうなったらこの馬鹿は止まらんぞ。頑張れ」
 ため息混じりに秀に頭を撫でられてキスされた。
「は? いや、待て……何だよそれ」
「言っておくが、俺はまだ優しいタイプだからな?」
 秀に口付けられる。
「ち、ムカつく。また秀とキスしてんの? 律希ぃ? トんだらお仕置き追加するから」
 不穏な言葉と共にグリグリと奥まで押し込まれ、下っ腹が妙な音を立てた瞬間、律希の意識は飛んだ。





「ぅ、あ、ああん、ああん、あ、あ! 誉っ……ほまれぇ、もう……ッ終わってぇえ!!」
 対面側位、正常位、後背位、対面座位、駅弁、対面立位とイク度に体勢を変えられては本格的に泣きが入った。
「じゃあもう秀とはセックスしない?」
「んー、んーーーー、しない……ッあああん、しなぃいい。しないからお願い終わってぇええ!」
 ズチュズチュと中を突かれまくりながら、泣きまくった。
「また寝とるの楽しみだわ」
 ベッドの下で転がりながら、秀は同人誌を読んでいる。
「秀はあんな事言ってるけど、律希もまたしちゃう?」
 また体勢を変えられて、寝バックにされた。
「しない……っ、しない〜〜、やぁあ、も、お願い、そこには……ッ挿れるなぁあ!」
 突かれる度に精液が溢れてきて、律希の太ももは大惨事になっている。
「俺だけ好き?」
「誉だけ……っ、誉だけ……、だから。はぁ、ん、あああ! も……止まってぇえ!」
 幾度となく潮を噴かされ中の最奥でイかされ、極度の快楽責めを受けていると思考回路は全く働いてくれなかった。
 誉に問いかけられるままに全ての言葉を肯定して、終わりをおねだりする。
 その様子を秀がスマホで撮影しながらまた欲を滾らせ、その繰り返しで終わりが見えない。
 もう目を開けていられなくて瞼をおろす。

「最後にチャンスをあげるよ、律希。俺たちはこの十八年かけて出来る事は全部やったし、律希がそれでも俺たち以外を選ぶんならもういい加減解放してあげる」

 誉の言葉の後で、やっと解放された。
 それぞれの頬に口付けが降ってきて、そこで意識が飛んだ。




 目を覚ました時、誉の部屋ではなくて何故か実家の自室にあるベッドの上にいた。
 ボンヤリする頭で、周囲を見渡してみても二人の姿はない。
 心細さを覚えたが気が付かないふりをした。
 体を動かそうとすると、全身筋肉痛と股関節の痛みに耐えきれなくてベッドの上から落ちた。
 痛い。痛いし腹の奥が疼く。
 ——いや、疼くって何だよ!?
「くそ、アイツらムカつく。特に誉! 秀もムカつく! っつうか、人外滅びろ。爆発しろ。下半身吹っ飛べ。その前にイカは生殖機能ないだろが! なんで立派なモンがついてんだよ!? やっぱり爆ぜろ! 滅しろ! 海に帰れ!!」
 呪詛のように悪態を吐きまくる。
 そのままベッドの下で仰向けに転がって目を閉じた。
「俺……何でアイツらと一緒に居るようになったんだっけ……?」
 昔から遊んでいた記憶はあるが、人外だったという記憶はない。けれど誉は会った事があると言っていた。
 いくら考えてみても、過去の記憶なんて思い出せはしなかった。


 ***


 それから俺は逃げた。徹底的に逃げた。逃げて逃げて、二人を避けまくった。
 誘われるままに合コンにも参加して、自分からも二人以外と交流を持ちまくった。
 二人から連絡も途絶えてから、いつの間にか三ヶ月が過ぎている。
 周りと散々交流したおかげで、ほんの一週間前に念願の彼女が出来た。
 楽しい筈なのに、心はどこか渇いている。自室でため息をついた。
『律希』
 二人の顔が浮かんで、慌てて頭を振って掻き消す。
 ——何だこれ。全然楽しくないし、空しい。
 何で普通の友人のままじゃ駄目だったんだろう。
 バカみたいに笑って、いつまで喋ってても会話が尽きない。
 例え尽きたとしても、無言の空間すら心地よかった。
 スマホでLINEを開く。二人のトークルームはもうだいぶ下の方にあって、初めて指をスクロールさせた。
「くそ……っ」
 メッセージを入力しかけて指をとめる。スマホを放り投げた。
 あんなに欲しかった彼女が出来たのに、二人と一緒に居た頃の方がずっと楽しかったとか思いたくない。
 そしてまた一日が過ぎていく。
 結局、彼女には一週間も経たずに振られた。
 一週間の勤務を終えて楽しくなる筈の金曜日が、一人ぼっちの魔の金曜日へと変化してしまう。
 振られた理由も、イメージと違ったから、という訳の分からない理由だった。
 二人の時と違って、別れた事にどこか安堵している自分がいる。
 会社の帰りに入ってきた別れのLINEをした後、帰り支度を済ませてぼんやりと岐路を辿っていく。
 気が付けば誉の部屋の前にいて、扉越しに電話をかけていた。
『律希?』
 3コールも鳴らない内に通話になった受話口に向けてボソリと呟く。
「お前らなんか嫌いだ」
 開口一番に出た言葉は否定的な言葉だった。
『……』
 黙ったままの誉に、また口を開く。
「なのに、何で……っ」
『律希?』
 誉の声がどこまでも優しくて、胸の奥がざわついた。
 同時に安心も出来て、ホッと息を吐く。また思考回路がグチャグチャになった。
「なのに、何でこんなに寂しいんだよ、バカ!! お前らなんか……嫌いだ! ムカつくんだよ! ふざっけんな!」
 言いたい事はまだたくさんあったのに、決壊した涙腺から涙が溢れて止まらなくなってそれ以上は喋れなくなった。
 玄関の扉にゴンッと勢いをつけて額をぶつける。
 何度かしゃくり上げていると、中から駆け寄ってくる足音がしたのが分かって、弾かれたように扉の前から逃げ出した。
「「律希!」」
 秀もいたらしい。
 本当に仲悪くなかったことにまた腹が立った。
「マジで仲良しかよ! 人外滅びろ!」
 今までの頑張りを返して欲しい。
 振り返って叫ぶと、二人はもう目の前にいた。
 ——足速すぎんだろ!
 アパートを出る前に二人に捕えられて、左右から抱きしめられる。
「彼女、出来た」
 息も切れ切れに言うと、誉が苦笑した。
「知ってる」
「何で知ってんだよ……」
「可愛くて良い子なんでしょ?」
 ——いや、だから何で知ってんだよ。お前の情報網怖えよ。
「さっき、振られた」
 しかもよく分からない理由で。
「でもホッとしたんだ……最低だろ俺……」
 すかさずガッツポーズを作った二人の頭をそれぞれ殴った。
 腹は立ったが充足感に溢れている。
「何でだろうな……。お前らと一緒に居る方が何千倍も楽しかったとか、本当に最悪だろ。死にたい、俺……」
 ずっとためていた本音を吐き出す。
「律希が死んだら標本にして海に持ち帰るね!」
「まず死ぬのをとめろや……」
 声を弾ませるな。
 悩んでいたのがアホみたいだ。
「律希、いい加減〝普通〟を諦めろ」
 秀の言葉に視線を上げる。
「俺らから離れるのを諦めろ。普通も諦めろ。人生も諦めろ。倫理観も捨てろ。全部海の藻屑にしちまえ。つうか、ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと俺らんとこに嫁に来い」
「何だよそれ。夢も希望もねえな」
 史上最悪の口説き文句だ。
 秀らしくて笑えたけど、腹が立つからまた殴った。
「んなもん、いらんだろ。でも愛はあるぞ」
「そうそう。人魚って一途なんだよ。知ってた?」
「……知らねえよ」
「「昔っからずっと愛してる(よ)、律希」」
 当たり前だ。
 今までの付き合いと、あの行為に愛も何もなかったら三枚におろしてそれこそ海に捨ててやる。
 他の魚の餌になれば良い。
「律希好き」
「俺らを選べ」
 頭や頬に口付けながら最低な求愛をしてくる昔っからの友人たちにそれぞれ口付けを落とされる。
 最低な事しか言わないし、して来ないのに、触れてくる指先やキスだけ優しいとかムカつき過ぎて今度は泣けてきた。
「も……っ、訳……、わかんねぇ」
 情緒不安定にも程がある。
 一通り泣きまくって、だけどやっぱりムカつくから殴った。
 漸く心の中がスッキリしてくる。
「まあ……もう〝普通〟をやめるのもいいかもな」
 そう言うと二人の顔が輝いた。
「律希、んじゃ今度は青姦しよ? 初めて会ったテトラ……「しねえよ!!」……痛い! 律希さっきから酷い!」
「うるせえ」
 問答無用で誉を地に沈める。
「誉が寝てる横で目隠しプレイ連続絶頂ハメ撮……「だからしねえっつってんだろ!!……」」
 ——うん、前言撤回。俺はやっぱり普通がいい。
 どこまでも残念すぎる誉と秀をシバいていたら気分が晴れてきて、そのまま家に向けて歩き出した。
 ——スッキリしたし、家帰ってご飯食べよ。
 しかし執着心と巨大な岩石よりも重く、闇よりも黒い愛しかない倫理観ゼロの二人に、十八年かけて全ての退路を断たれているとは露ほどにも気がついていなかった。
 束の間の〝普通〟を満喫しながら、足取り軽く家路を急いだ。
「ただいまー」
 意気揚々とリビングまで行ったのはいいが、体が固まって動けなくなった。
 両親の頭の上に何やらリモコンアンテナのようなものがついているのが分かったからだ。
「親父……お袋、それ……何?」
 凝視したまま指を差す。
 今朝家を出る時にはなかった筈だ。なかったよな? と自問自答して頷く。
「何って?」
「いや、その頭の上のもの!」
「何かあるの? 何もないけど?」
 両親が不思議そうな顔で頭の上を触っている。
 しかもそのアンテナは触ろうとした二人の手を透過した。
 ——え? なに? 俺が変なのか? 幻覚?
 動揺していると、背後から慣れた気配を感じて勢いよく振り返る。そこには誉と秀がいた。
「お義母さん、ただいま〜!」
「……いま帰った」
「は?」
「誉くん、秀くんもおかえりなさい。今日は3人が付き合って19回目のお祝いだからたくさんご馳走作ったわよ。来年の挙式楽しみね!」
「わー、嬉しい! お義母さんの料理、俺大好き」
「腹減った」
「ええええ? ちょ、待って……。は? 何言ってんのお袋!? つか、お前らまで何!? どうやってうちに入ってきた!?」
 慌てた。それはもう盛大なまでに慌てた。
 こうまで〝現実がおかしい〟と、今度はまるで自分が宇宙人になった気分になってくる。
 ——なになになに、どういう事? これ夢? 何処から夢!?
 もう混乱を極めて錯乱している。
「え、普通に鍵を開けて入ってきたんだけど?」
 そんなわけない。
 二人に鍵なんて渡していないし、そんな余分な合鍵を作った覚えもない。
 パンク寸前の思考回路をフル稼働させていた。
「鍵? え、鍵? え? 何で? え、つか、そんな事よりあのアンテナは?」
「お前の両親は俺らがリモコンで操作できるように、昔深海にいたタコの婆さんに頼んで少しずつ呪いをかけておいた」
 秀が真剣な顔で言った。

「倫理観仕事しろーーーーっ!!!!」

 近所迷惑も顧みずに叫ぶ。
 横隔膜も震わせて叫んだ。
「律希、声大きいよ。お義母さんたちもビックリしてるから」
「お前が黙れ誉っ!! 俺の親をお義母さんて呼ぶな!」
 何処に行った? 何故消えた!? おい倫理観っ、コイツらの中から居なくなったらダメだろっ!
「だからー、さっき秀が〝諦めろ〟って言ってたでしょ? 1回逃してあげたのにさ、律希から俺の部屋に来た時点でもう詰んでたんだよ。あれで無事に呪いも完成したしね〜!」
 ——嫌だ。こんなの嫌だ。何で俺コイツらと知り合ったんだろう。何で今日誉の部屋に行った!? バカか俺!!
 床に蹲った。
 プツン……と心のスイッチが下りる。否、折れた。
「あ……違う、漫画だ。これ……クソ誉が描いた漫画なんだろ? うん。漫画が良い。漫画見てる夢だろ……これ?」
 現実逃避は大切だ。
 心を守る武器になる。
 心を守るの大事。とっても大切。
 現実なんて要らない……。
 それこそ海の藻屑となれ。
「え、漫画って……律希もしかしてあの同人誌みたいに俺ら以外にも犯されたいの? 俺は良いよ? 超萌えるから。お仕置きセックス楽しかったね! 律希感じまくってマジで目がハートだったもんね。可愛かった〜。毎日見たい。滾る。で、いつする? 海の生物がいい? それとも山? 陸に上がって色んな人外とも知り合いになったから選びたい放題だよ? その前に海でさ、俺と秀の2輪挿しで産卵プレイしない!?」
 生き生きとした表情で口早に問いかけられ、律希は無言で立ち上がると取り出してきたガムテープをその口に貼ってリビングの扉から外に放り出した。
 扉をバンバンと叩いているがスルーだ。
「おかわり」
「普通に飯食ってんじゃねーよ!」
 当たり前のように白米をおかわりしている秀の口にも誉と同じようにガムテープを貼って外に放り出す。
 しっかりと鍵を閉めてカーテンも閉じた。
「どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
 オロオロとしている両親に向けてニッコリ微笑む。
「プレイだから気にしないでいいよ」
 まさかそんな事を言う日が来るだなんて夢にも思わなかった。
 ——悲しくて泣ける。一気に白髪が増えそう。嫌、病む。もう砂になって消えたい。
「そうなのね。安心した」
「はは、お前も目覚めたか」
「……」
 ——本当にお願いします。倫理観……帰ってきて仕事してください。普通の常識人だった両親を返して? 今なら土下座でも何でもします。俺に普通を返してください。
 食欲は失せていたが律希は頑張って食べた。
 外から扉を叩く音が煩い。
 口にしてみた飯は最高に美味しくて笑みが溢れた。
 ガンガンガンガンッ!
 無視。ただいまスルースキル絶賛向上中。
 ——ご飯って美味しい。最高。一人最高。アイツらが居ないんなら生きててもいい。




 その日、不思議な夢を見た。
 漁港にいる自分が網にかかっていた妙な生き物たちを逃す夢だ。
『もう行っても大丈夫だよ』
『——、——』
 何て言っているのか良くわからなかったので、妙な生き物たちに向けて曖昧に微笑んで見せた。
『——、——』
『???』
 何度聞いても分からない。
 でも綺麗な音を奏でる言葉は、絵本の中で見た物語を再現しているようでワクワクした。
『んー? 良く分からないけど、いいよ。約束だよ?』
 もしかしたら、ありがとうとお礼を言ってたり、今度遊ぼうね、とか言っているのかも知れない。
 海に帰っていく生き物たちに手を振った。
 その後、海で溺れて三日間も死の淵を彷徨っていたのもあって、今の今まで忘れていた。



 ——約束って何だったっけ?
 夢は、実在する本当の記憶だ。
 どうして今になって思い出したんだろう。
 二人が人外なのが分かって、あの頃の不思議な体験を重ねてしまったのかもしれない。
 段々意識が浮上していく。
 目を覚ますと、金縛りに遭っているかのように体がピクリとも動かなかった。
 胸にも腰にも足にも、何かが置かれて巻き付くように戒められている。
「だからっ、何でお前らいるんだよっ!?」
 セミダブルしかないベッドの上で両側から抱きしめられると窮屈過ぎる。
 金縛りの正体は2人だった。
 ——もう本当に勘弁して欲しい。
 痛む頭を両手で抱えていると、ふと今し方まで見ていた夢を思い出した。
「ア……? アル……ǮȽɋȾȶȿǮ・ȼǮȽȢ……、ȽɋȾȶȿɀɋɇ・ȼǮȽȢ(アルミナ・ケイル……、ルミナス・ケイル)」
 妙な生き物たちが俺に言った言葉だ。
 確か、こんな発音だった。
 まるでお伽話の呪文のようで、幼かった俺は分からなくても心が躍っていたから覚えていた。
「!!」
 その瞬間、誉と秀が飛び起きてこっちをガン見してくる。
「え、なに? どうしたんだお前ら?」
 数分間瞬きもせずに2人から見つめられた。
 ——人外て瞬きしなくて平気なの……? 目、乾燥しない? ドライアイになるよ? 足は乾燥するからってすぐ人間に戻してたのに?
 そんな事を考えていると、破顔した2人に両頬にそれぞれ口付けを落とされる。
「は? マジで何!?」
 思わず手で拭き取った。
「思い出してくれてありがとう律希! 俺がアルミナ、秀がルミナスだよ」
「え?」
 真名には言霊が宿る。
 それは神聖な誓いの場でしか本来は紡いではいけないしきたりだった。
 昔、命を助けた二人が求婚の証と約束として、自分たちの名を口にした。
 それは正確な発音で、相手側からも呼ばれて初めて真の効力を発揮する。
 二人の求愛が今身を結んだ。
「「律希、——ȶ ɏȶȽȽ ȽɀɍȢ ʯɀɋ ȥɀɆȢɍȢɆ(貴方を愛し続けます)」」
「? ああ……、うん」
 初めて聞く言葉に、何が何だか良く分からずに頷く。
 また何か間違えてしまったような妙な焦燥感に襲われたが、誉と秀が心底幸せそうに微笑むから、反応に困って否定の言葉は口にしなかった。
 何だかんだ言って二人のこの笑顔には昔から弱いのだ。
 ——良く分からんけど、もういいや……。
 気恥ずかしさが勝り、自嘲めいた笑みを浮かべる。
「死にかけて、そのまま忘れてた。ごめん、あの生き物たちってお前らだったのか。何か約束したよな……っ、て、うわ!!!」
 ベッドの下に引き摺り落とされて、剥ぎ取ったベッドシーツを被せられる。
 三人で中に籠った。
 朝陽が透けて見えて、どことなく神秘的に見える。
 唐突に左手の薬指が熱くなって、思わず「熱っ!」と言いながら飛び跳ねてしまった。
「何これ……」
 熱さが引いた指には見た事もない記号に似た模様が出来ていた。しかも発光している。
「結婚指輪は必要でしょ! 発信機付きで律希の居場所すぐわかるし、音声も拾えるんだよね、超便利」
 ——はい!?
 何か言い返す前にまたシーツの中に引き込まれる。
「「ȶ ɄɆɀȾȶɇȢ ʯɀɋ ȢɉȢɆȿǮȽ ȽɀɍȢ(永遠の愛を誓います)」」
 唇の両端に降ってきた口付けは、結婚式場で交わす誓いの口付けみたいだった。


【了】

 
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今までにないまさかのイカ設定で面白かったです!
主人公は最後の最後まで色々とやられっぱなしで、もう逃げる事は不可能なのでは?

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