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闇の小説部門 選考通過作品 『赤の騎士、逃げろ』

2024/10/25 16:00

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『赤の騎士、逃げろ』

 

 

あらすじ
誰も知らない伝説や物語を探して放浪している吟遊詩人がある時辺境の村で森の中に【白の国】があると聞いた。白の国は地図にも載っていない国だ。興味が湧いた詩人が森の中で見たのは、「赤の騎士、逃げろ」と喋る黒いユリと、白の国の住人たちだった。遠い昔に起きた緑の精霊王が子供を望む白の国の王に渡した何かの種子。精霊王は「この子を欺いてはいけない、嘘をついてはいけない」と言って去っていった。 それをお妃が飲むと人ならざる子供が生まれた。そしてその子は白の国で一人だけ、赤い髪に赤い瞳をもつ【赤の騎士】にひかれたのだが、赤の騎士は白の国に負けた赤の国から来た男で、【黒の騎士】という男の慰み者にされていたのだった。王子と黒の騎士が赤の騎士をめぐってほかの国をも巻き込む事態になっていくのだった。

※こちらの作品は性描写がございます※ 

 

 私は吟遊詩人である。
 それ以外に私を表す言葉はない。
 吟遊詩人は己を語らない。ただ、旅をする。旅をしては物語を人に乞うのだ。バンジャ(小型のハープの一種)を唯一の友として世界を巡る。古の伝説をつま弾いては、新しい伝説の息吹を耳にする。そして語らいの中で、人々の願いを私はまた唄にするのだ。
 いつからなのか、どうしてなのか。私が吟遊詩人になったのはどういう経緯であったのか。もう、数多の人々の波乱の人生を唄っている内に私は己のつまらない人生などとっくに忘れてしまっていた。だからなのだろう、私は貪欲にまだ世の中に広まっていない話が聞きたくて辺境の地にたどり着いた。その辺境の地で面白い国があると、小さな村人に聞いた。

「大きな森の中にある小さな国だよ」
「国なんですか」
「国だとも。昔はね、ここいらもその、白の国という場所の領地だったらしいよ」
「交流は?」
「ある訳ないよ。彼らは私達が嫌いだからね」

 そう言ってさすらい人の私を家に招いてくれた老婆はそれきり口をつぐんでしまった。なにやら、確執があるらしい。そして、私は地図で確認したが。白の国、という名前は載っていなかった。

(興味が湧いた)

 そう思った私は翌日村を離れ、森に入ってみた。なんということはない場所だ。だが、瑞々しい空気、湿り気のある土。一定の間隔で植えられている木々によく整備されている小道。これはどうやら本当に誰かが住んでいるのだろう。うまく行けばこの世に流布されていない英雄譚も聞けるかもしれないと私の胸は高鳴った。
 行こう。白の国へ。そう思ってから二日が経った。何がある訳ではないが小綺麗で平坦な道が続いている。所々に昔の遺跡のようなものがあるが、雨風にさらされていて、何であったのかは解らなかった。
 もう、諦めようか。そう思った時である。広い野原にでた。そこには、名も知らぬ可憐な花々が一面に咲いていた。日の光が木々の葉の隙間から燦燦と降り注ぎ、花々は野草でありながらそのどれもが輝くような美しさであった。

 ただ一つの花を除いては、だが。

 それは黒いユリだった。背丈は小さく、あきらかにみずぼらしいような、しおれているような。一輪だけではないのだ。小道に沿うように生えているその黒いユリの花々は、大地の恵みを受け取れず、苦しんでいるような、いや、苦しめられているような印象を受けた。

 土が合っていないのだろうか。私は可哀そうに思い、しゃがみ込んで黒いユリの花にそっ、と触れてみた。

 すると。

「逃げろ」

 黒いユリが喋ったのだ。驚いて私が地べたに座り込むと、他の黒いユリたちも一斉に喋った。

「赤の騎士、逃げろ」

 低い声だった。絞り出すような声だった。そしてそれきり、黒いユリたちは押し黙ってしまった。

 なにが起きたのかわからないままに呆然としていると、笑い声が私の近くから聞こえた。

「驚いたでしょう。私達の国では、クロユリは喋るんです」
「へえ……そうなんですか。なにかいわれでも?」
「ええ、ありますよ。……時にあなたは?」

 そう言った人は、真っ白な衣を身に纏い、私とは姿形が少し違っていた。。私は少し驚きはしたけれど、慌ててバンジャを見せてこう言った。

「私は吟遊詩人です。この辺りに白の国があると聞いてやってきたのですが」
「ああ、私達の国ですね。吟遊詩人だなんて本当にいるのですね。あなたはそれ以外の名前はお持ちではないのですか?」
「勿論ですとも。私は吟遊詩人。唄の語り部、幾多の人々の生と死の拠り所、伝説の話の唄う器ですので。個人の名など、とうの昔に捨てました」
「なるほど。それではここにいらしたのもなにかお話がないかと思って来られたというわけですか」
「その通りです。あと……差し支えなければ寝床を少しお借りできればありがたい」
「私達の国にお客様が来るのは珍しいことですから歓迎いたします。私はウルス。御客人、この国のお話をして差し上げましょう。まずはようこそ、私達の国へ」

 ウルスは私を歓迎してくれ、自分の家に泊めてくれた。この国は肉を食わず、野山の恵みで暮らしているのだと言う。私はそれで構わなかった。二、三日もすると私とウルスは大変気が合って、友と呼び合うようになった。他の民の者は私を怖がって遠巻きに見ていると言うのに。余所者が怖い。それはどこの国でも一緒なのだ。とくに私のような、qq人間は。

 ウルスは三日目の夜、私にこう言った。長い話なのですが聞いてくださいますか。

「私達がどうして、森から出なくなったのか、どうしてクロユリが喋るのか。お話しましょう、あなたのために」

 私が勿論だとも、感謝する、そう答えると、ウルスがゆっくり話してくれた。

 その物語は、甘美で、醜くて、おぞましい、まさしく古の忘れられた人間達の物語なのだった。



……むかしむかし、白の国という大きな国がありました。

 なぜ白の国と言うのか。それは王様がとても白が好きだったからなのです。

 城壁も、お城も、国中の建物はみんな、白でした。だから誰ともなしに白の国、と言う様になり、王様もその名前が気に入りました。
 この国にはもっと立派な名前があったのですけれど、王様やお妃さま、それに国中がみんな、いつのまにかこの国を【白の国】と呼ぶようになりました。

 王様には子供がおりませんでした。お妃さまと王様はいつも子供が欲しいと願っていましたが、なかなかできません。幸せな生活の中で唯一、不足しているのはそればかり。だけれども子供はなかなか出来ませんでした。とうとう諦めかけていたその年の春の事です。王様がお城の中庭を散歩していると、鳥の声がしました。ふと見れば小鳥が怪我をして地面に転がっていました。可哀そうに翼を必死に動かしますが、空に舞い上がる事は叶わず……死を待つばかり……。そんな光景でした。

 哀れに思った王様は傷ついた小鳥をそっ、と掌に載せました。見回してみましたが、この小鳥がいたような鳥の巣は見当たりません。

「仕方がない、これもなにかの縁だから。お前の傷が治るまで儂が面倒をみてやろう」

 王様は傷ついて弱っている小鳥を自分の部屋に持ち帰り、甲斐甲斐しく世話をしてやりました。お妃さまも子供がいない寂しさを抱えておりましたので、小鳥の世話を一生懸命にいたしました。二人はその小鳥を自分の子供だと思って、慈愛に満ちた看病をしてやりました。その甲斐あってか、小鳥の怪我はみるみる内に治りました。二人は喜びの中に、ほんの少しの寂しさを感じておりました。

「ねえ、王様。この小鳥を飼うのはいけませんか? だって、もう私はこの子の事が可愛くて可愛くて仕方がないのだもの」
「お妃や。そればかりは駄目だ。私達がこの子が空を駆け、喜びを唄うのを邪魔し、自分達が寂しいからと言ってこの子を鉄の檻に入れるのは。そんなことをしたらこの子は毎晩仲間が恋しくて泣いてしまうよ。お前は我が子もそういうことをするのかい」
「ああ。王様……私が間違っておりました。私達の幸せではなく、この子の幸せを考えなくては……」

 そう言ってお妃が涙をこぼしながら小鳥を掌に乗せて一撫で、二撫でしてから、「どこへでもお行き」と声をかけると、小鳥は翼を広げて飛び上がりました。もう完全に飛べるようになったのです。

 喜んで見守っている王様とお妃さまの前で、小鳥はあっという間に一人の美しい男性に早変わりいたしました。驚いている二人にその男性は優しく声をかけたのです。

「王様、そしてお妃よ。私は緑の精霊王だ。傷ついた私を助けてくれてありがとう。小鳥の姿に化けて空を飛んでいたら、大きな鳥に襲われてしまってこのお城の庭に落ちてしまったのだ。傷が治らなくては本当の姿に戻ることも出来ない。それに王様が私を犬から助けてくれなければ私は哀れな小鳥の姿のまま、永遠に消えてしまっていただろうし、お妃が小鳥を愛しく思うあまりに鉄の檻に私を閉じ込めてしまっていたら、森に帰る事もできなくなっていた。この恩はいますぐ返さなくてはなるまい。さあ、三つお前たちの願いを叶えてやろう。私は力を持っているからあらかたの願いは叶える事ができるだろう」

 その言葉に思わず王様たちは顔がほころびました。なぜならば、一つ目の願いはとっくに決まっていたからです。そして、他の二つもすぐに決まりました。王様たちは子供以外、なんでも持っていましたから、物なんかはちっともいりませんでした。ただ、この国のことだけが気がかりだったのです。そこでお妃さまと相談した王様がこう言いました。

「緑の精霊王よ、それではまず一つ目の願いだ。私達に子供を授けてくれ」
「よし、わかった。二つ目の願いは?」
「私達の国は戦争が多い。どうか、敵を追い払う力をくれないか」
「考えよう。三つめは?」
「この国の、永遠の繁栄を」

 そう言うと緑の精霊王は少し、困った顔をしました。永遠とは?それこそ永遠の課題です。どこまでが、永遠なのか。だけれども緑の精霊王は黙って頷きました。そして右手をゆっくりと差し出して、そっ、と拳を作りました。それから、静かに掌を開きました。するとそこには雫の形をした、小さな種がありました。それを緑の精霊王はお妃さまに差し出しました。

「これは私の一部だ。これを飲むと、子供が出来よう。それは私の加護と力を秘めたとても素晴らしい子供だ。お前たちに力と繁栄と子供が一度に授かるだろう。だが、いいかね。この子を育てるには守らなくてはならないことがある」
「守らなくてはならないこと?」
「これから生まれる子供を欺いてはいけない、嘘をついてはいけない。私達は嘘をつかれるのが大嫌いだ。特に私はそうだ。心が濁ってしまう。精霊は清い場所や人間を好む。もしも、この子を騙すようなことをしたなら……恐ろしい事になるかもしれない。だから、これだけは守ってくれないか」

 そう言う緑の精霊王を見上げながら、お妃さまは涙ぐんでその雫の形をした種を受け取って吞み込みました。そして、勿論ですわ。と力強く答えました。

「私が自分の子供に嘘などつくものですか。きっとこの子を立派に育ててみせますわ。ありがとうございます」

 王様も勿論だとも、と言いました。

「私達が約束を守れる人間だと思ったから、あなたも自分の一部を下されたのでしょう? 信じてください。私達は誠実です」
 
 そう言って王様とお妃さまは手を取り合って、緑の精霊王と向き合いました。それを見て、美しい男性はそれに相応しい笑みを浮かべてそうだな、と言いました。

「では、みなに幸福あれ。白の国よ、永遠に」

 そう言って、また小鳥の姿になると、どこかへ飛び去ってしまったのです。

 それから三か月もすると、お妃さまのお腹は大きくなりました。十月十日は人の子供がお腹の中でできる時間です。では精霊王の種の子供は? 
 六か月、というとても早い時間でした。
 生まれた子供はとても美しい男の子でした。緑の髪と緑の目が、緑の精霊王を思わせましたが、それ以外はどことなく王様とお妃さまに似ておりました。王様とお妃さまは大喜びです。
 自分の子供は格別です。
 まるでこの世の全てを捧げてもいい、残酷な神にも見えましたし、全てを与えてくれる豊穣の神にも似ている、と毎晩毎晩お二人は飽きることなく生まれたばかりの子供を眺め、慈しみ、愛しました。

 王子はとても美しいばかりか、成長も早かった。一歳で三歳ほどに成長し、二歳で六歳ほどになりました。三歳で少しだけ、成長が緩やかになり、四歳で十歳ほどの見た目と考え方をするようになりました。性格はとても良い子で、素直で家族を愛する子供でした。王様とお妃さまは緑の精霊王の言った、【子供を欺いてはいけない、嘘をついてはいけない】という教えを守り、聡明で美しい子供と楽しい時間を過ごしておりました。

 王子は聡明なだけではありません。とても大きな力を持っていました。草花と話をしたり、草花を通じて遠い所の人と話が出来たり。少し恐ろしい力としては、全てを、植物に変えてしまう事もできました。

 例えば小鳥。大きい犬。家。大きな声では言えませんがきっと、人間も簡単に草花に変えることができるでしょう。

 お妃さまはそれを知った時、大いに嘆きました。

「なんということでしょう……私達が大きな力を望んだばかりにこんな、恐ろしい力を我が子に背負わせてしまうなんて……」
「お妃や……、それは儂も後悔しているけれど、これはあの子の為にもなるんだぞ。あの子が王様になれば、恐ろしい力があると知っている近隣の国はきっとここに手を出すまい。いいかね、お妃や。私達はあの子を愛しているのだ。そして、誠実にあの子を育てるのみだ。そうすればこの国も、あの子も幸せに生きることができる」
「ええ、そうですね。私達はきっと、誠実にあの子に向き合い、愛しましょう」

 そう言って二人は手を取り合って頷くのでした。

 さて、すくすくと育った王子には、気になることがありました。それは、この国に仕えるある男の事です。彼は赤の騎士、と呼ばれている男でした。燃えるような赤い髪、体格の良い体、炎を宿したような瞳。そのような髪と瞳をもった者はこの国でただ一人でした。大抵ここの国の人は、暗い茶色にこげ茶の瞳、たまに黒い髪や黒い瞳の者がいる程度で、彼ほど目立った色の持ち主は誰一人おりませんでした。王子も緑の髪と瞳でしたので王子が赤の騎士に心惹かれるのは無理もない事だったのです。

 赤の騎士は、黒の騎士と呼ばれる男の家来でした。黒の騎士は豊かな黒髪を長く伸ばした若い美丈夫です。その彼よりも老いた赤の騎士が家来だなんて。それも幼い王子には不思議でした。黒の騎士が王様に会いに行く時、大抵赤の騎士は王宮の中庭におりました。屈強な戦士の体を小さく折り曲げて、赤の騎士は芝生の上に座っていることが多くありました。ですからその時を狙って、王子は赤の騎士に尋ねてみるのです。

「ねえ、赤の騎士さん。どうしてあなたは赤い髪を持ち、赤い瞳を持っているの?お父さんとお母さんも同じ色なの?」

 そうすると赤の騎士は目をぱちり、と瞬かせ、困ったように笑いました。

「勿論ですとも、王子様。私の両親も同じ赤い髪に赤い目をしていました」
「でも、この国には君の髪の色をしている人は誰もいないよ」
「私はこの国の人間ではありません。私の国は戦争に負けたのです。私は自分の国で騎士団の隊長をしていましたが、我が国が負けた時に私は死刑囚となりました。私は首を捧げる為にこの国に来ましたが、黒の騎士に仕えるように言われて、それ以来黒の騎士の家来です」
「それでは、この国が憎い?」
「いいえ、それは違います。戦争とはそういうものです。私達はそういう事をしているのです。もしも私達が勝っていたなら、同じような事が我が国でも行われるでしょう。仕方がない事なのです」
「ふうん、難しいね」
「ええ、とってもね」

 そう言って笑う赤い騎士を、王子はなんとなく気に入りました。彼は嘘をつく人間ではなかったからです。どんなに辛辣な質問をしても、彼が返すのはいつだって本当の事です。

 ほんとうのこと。それは時に辛く、誰にも言いたくない事もあります。言葉がよく切れるナイフよりも人を傷つける事はよくあります。それでも赤の騎士は言うのです。

「真実は尊い」

 恐れなければいいのだと彼は言います。辛くても、嘘に逃げてはいけないと言います。真っすぐ前を向かなければならないと言います。そんなことを言う彼は自分に言い聞かせているようで、とても痛々しいのですが、実はそんな彼がとても綺麗だと、王子はこっそり思っていました。

 ある日の事です。いつものようにお城の中庭で王子と赤の騎士が何をする訳でもなく、ただ寄り添って話をしていると、荒々しい語気で赤の騎士を呼ぶ声がしました。みるみる険しい顔になった赤の騎士が返事をしました。

「おい、でくのぼう! 俺を迎えに来ないのはどうしてだ!」
「申し訳ありません、ただいま!」

 そう言ってから赤の騎士は王子に会釈をすると大きな体で声がする方に走っていったのです。気になった王子が後をついて行ってみると、鈍い音がして赤の騎士が尻もちをついているところでした。赤の騎士の前には黒の騎士が拳を握って立っていました。赤い騎士の頬が赤く腫れています。どうして、と王子が思わず声をかけると、若く美しい黒の騎士が王子に気が付いて微笑みました。

「これはこれは、王子様。こんなところでお目にかかれるとは光栄でございます」
「どうして、赤の騎士を殴るの」
「どうして? それは悪い事をしたからです。こやつめは私の家来です。私が望むときにいないのはとても悪い事なのです」
「本当にそれが悪い事なの?」
「勿論ですとも」

 そう言って頷く黒の騎士は、それがまったくの正論だと本当に思っていましたから、王子には【ほんとうのこと】を黒の騎士が言っていると感じてとても悲しくなりました。赤の騎士は王子に優しい眼差しを送った後、黒の騎士に謝りました。

「申し訳ございません。私が悪いのです」
「ふん、当然だ。……ああ、王様と会って大変疲れた。私を慰めろ」
「ここでですか」
「そう、私が望んでいると言ったのだが聞こえなかったかね?」
「いえ、そう聞こえました」
「では早速奉仕したまえ」

 赤の騎士が戸惑ったように言うと、黒の騎士が楽し気に言いました。なにか良くないことを企んでいる顔です。赤の騎士は嫌でした。でも、彼には嫌だ、と言える権利はありませんでした。黒の騎士が望めばなんだってしなければならないのです。だからせめて王子にどこかへ行ってほしかったので、王子に話しかけようとしましたが、黒の騎士が許しませんでした。何故なら黒の騎士は最近赤の騎士がお城の中庭で王子と赤の騎士が仲良く話をしているのを見ていて快く思っていなかったからなのです。
 黒の騎士は赤の騎士が他の国の騎士団長をしている時から赤の騎士が欲しくてたまりませんでした。だからその男が手に入った今、誰にも渡したくはなかったし、誰にもこの男を見て欲しくないと思っていたのです。王子は特にそうです。もし王子が赤の騎士を気に入ってしまったら。王様に欲しいと言われてしまったら。そんなことが気がかりで、黒の騎士は赤の騎士が王子に嫌われることをしなければならないと常々機会を伺っていたのでした。

「なにをしているでくのぼう。そら、早くしろ」
「わかりました。ただいま」

そう言って赤の騎士は黒の騎士の前にひざまずきました。それから慣れた手つきで黒の騎士のズボンに手をかけて丁寧にボタンを外すと、黒の騎士の男性器をゆっくりと掴みだして、そのまま口の中に頬張りました。目を閉じて赤の騎士は黒の騎士に奉仕します。大きな体が揺れだします。赤の騎士の従順な態度に満足した黒の騎士が赤の騎士の頭に手をかけて乱暴に揺らしながら、やあ。とさも王子がまだいるのに気が付いたかのように振舞いました。

「どうですか、王子様。こいつは私の家来であり、このような慰み者でもあるのです。なんて汚らわしい男でしょう。あなたもあまり近づかないほうがよいと思いますよ。友達は選ぶべきですし、あなたは選べる立場にある」
「……どうして、黒の騎士は赤の騎士に酷いことをするの」
「いい質問です。私は戦争で活躍をしました。それはとても素晴らしい事なのです。そして王様は私になにか褒美をあげようと言いました。ですから私は言ったのです。【牢に繋がれている敵国の騎士団の団長が欲しい。どうせ首をはねるのならば、その前に私にどうかあの男をください】とね。王様はそうか、とだけ言いました。ねえ王子様、見てくださいな、私の古傷を」

 そう言って黒の騎士は来ていたシャツをめくり上げました。すると鍛え上げられた体の右わきには生々しく残った大きな傷跡がありました。

「この傷をつけたのは今、私の性器をしゃぶっている男なのです。これは五年前の傷です。私はこの男と戦い、敗れました。その時は死にかけましたが運が良い事に私は生きていたし、国も敗れていなかった。私はその時からこの男が欲しくてたまらなかった。だから、手に入れたのです。この男は、私の、私だけの物なのです」

 そう話す黒い騎士は美しい顔を欲望の愉悦に歪めてなお、美しいのでした。

 王子は悲しくなりました。やりきれなくなりました。だけれども、それもまた一つの真実なのです。

 王子が悲し気にしていると、黒い騎士はますます昂りました。赤の騎士に口での奉仕はもういいから四つん這いになれ、と言いました。赤の騎士は驚きました。なぜならここはお城の中庭です。そして四つん這いになれ、ということは。やることは一つです。大人なら誰だって解る事です。それは、と赤の騎士は初めていいました。

「それはお許しください我が主。どこか他の場所でお命じいただけませんか」
「俺のいう事に逆らうのか、でくのぼう」
「いいえ、いいえ」
「言葉が欲しいのではない、態度で示せ、でくのぼう」
「はい、ただいま」

 はらはらはら。赤の騎士は涙を流します。だけれども黒の騎士は平然としています。赤の騎士が立ち上がり、ズボンを下ろし下着も取ってしまうと、ひと呼吸してからゆっくりと四つん這いになりました。それを嬉しげに見ながら黒い騎士が懐から軟膏を取り出して中指と人差し指に丹念に塗りつけると赤い騎士の秘部にぐい、と乱暴に二本の指を突き込みます。うっ、と苦し気に呻く赤の騎士に構わず黒の騎士は赤の騎士の秘部、体の内側を擦りながら、王子に言いました。

「どうか気分を悪くされずにご覧ください、高貴な王子様。戦いを好む男はすぐに昂ってしまうので、奉仕する者がいなくては不便なのです」

 そう言って、準備もそこそこに、黒の騎士が人一倍大きな男性器を赤の騎士の小さな秘部の入り口にねじ込むと、赤の騎士の男らしい顔が痛みで歪んでしまいました。いたい、と言えば、ではやはり女を連れてこようと言われます。嫌だ、と言っても同じことです。だから赤の騎士は痛い、と思いながらも「良いです」と言うしかありません。

「いいです、黒の騎士様。とっても気持ちがよいです」
「そうだろう、お前は後ろから突かれるのが好きだものな。俺はなんと、家来思いの良い奴なんだろうか」

 そう言って黒の騎士が面白そうに笑います。

 王子は、嘘だ、とすぐに解りました。全てが大嘘だと思いました。

 でも。

 それを嘘だ、と言うにはあまりにも赤の騎士が必死だったので。

 結局なにも言う事ができませんでした。

 王子は二人が繋がって、交わっているのをもう見たくはありませんでした。ですから男に良い様に体を嬲られている最中の赤の騎士に「僕、帰るね」と独り言のように呟いて、走り去ったのでした。

 その夜の晩、王子は大好きなお妃さまに抱きつきながら、尋ねました。
 
「ねえお母さま。僕は嘘が大嫌いです。それは良い事ですよね?」
「勿論ですとも。嘘は良くない事です」
「でも……、もしかしたら嘘は……良い嘘もあるのかもしれない。ううん、そんなことがあるわけないけれど」
「王子、なにがあったのだい。お母さまに話してごらん」

 優しいお妃さまに見つめられた王子は、今日あったことを洗いざらいすっかり話してしまうと、お妃さまは顔をしかめました。なんと、ひどい光景を幼い子供に見せるのでしょう。けれど黒い騎士は国に忠誠を誓い、幾多数多の戦いで手柄をたてた男です。そうそう無下には出来ません。だから、こう言いました。

「お前はその時、赤の騎士を嫌いになったのかしら?」
「ううん。なぜか、胸が痛くなるだけだった」
「人はつかなくてはならない嘘もあるのよ……まだお前には解らない事なのだろうけれど。いいかい、私達は緑の精霊王やお前ほど、賢くも清くもないのよ……。許しておくれ可愛い子」
「うん……なんとなく……わかるよ。でも僕……そんな人間が……好きだ」
「ありがとう、優しい子。私はお前が大好きよ」
「僕も大好きだよ、お母さん」

 そう言って母と子供は抱き合いながら、額にキスをし合ったのちにゆっくりと眠りについたのでした。

 国と国との戦争は、日に日に激しくなるようでした。

 王様や兵隊は、毎日外へ出かけます。

 街の外れに行くと、ときたま大砲のどおん、どおん、という音が聞こえるほど、近くで戦いが起きていたりするのでした。

「どうして人は争うの?」

 今日も王子は自分の部屋で花瓶に活けた白ユリに話しかけます。そうすると、「難しい質問です。我々だって、教えてほしい」と苦笑交じりの低い声が聞こえてきた。

 低い声は赤の騎士のものでした。

 ある日、赤の騎士が黒の騎士をいつものように中庭で待っていると、「ねえ」とどこからともなく王子の声がするのです。不思議に思って辺りを見渡せど、王子の姿はありません。

「ねえったら! ここだよ、僕は君の目の前のタンポポから声を出しているんだよ!」

 そんな声に思わず目線を地面に落とすと、タンポポが不自然に揺れています。「ねえ、このタンポポを耳にかけてごらんよ。そうすれば、僕と君がお話している最中だって、誰も思うまいさ」とタンポポから聞こえる声が誘います。男らしい赤の騎士が耳に花をさすだなんて、とってもおかしな光景ですが。王子の声になんのてらいもなく赤の騎士がタンポポをそっ、と折って耳にかけると、より、ちゃんと王子の声が聞こえるのでした。

「やあ驚いたな。これは全体どんな魔法なのですか?」
「魔法ではなくて、僕の力さ。僕は植物を通じて声を届けたり、聞いたりすることができるんだ。僕が君とお話をしていると、君のご主人様が気に食わないようだから」
「……このまえは、王子にとんだところをお見せしてしまいました。許していただけるならば、謝りたいと思っていた所です」
「なにを謝るって言うんだい?君はなにも悪くないよ。……ねえ、赤の騎士。これからも僕とお話をしよう。僕は君と話がしたいんだ」

 そう王子が言うと、少し沈黙があって、それから「私でよろしいのでしょうか」という殊勝な声が白ユリを通して王子に聞こえてきたのでした。

 それから、王子と赤の騎士は少しの合間をぬっては、話をしました。

 とにかくいろんな話です。赤の騎士の故郷の話や、お互いが好きな食べ物の話、それから日常の話に、最近面白かった出来事なんかも逐一お互い話すようになりました。赤の騎士にとって小さな友、王子にとっては大きな友。二人は何気ないおしゃべりを、とても楽しみにしておりました。今のように難しい質問も、たまに王子は赤の騎士にするのです。赤の騎士は王子を子供扱いはしませんでしたし、なにか不都合な質問だって、きちんと解る範囲で答えてくれるのでした。


「王子は人が持っている物を欲しいと思った事はありませんか?」
「ないけど……どうして?」
「例えば王子がいる場所は小麦があまり取れません。だけれど、他の人の場所は小麦が王子の場所より二倍とれます。羨ましいと思いませんか?不公平だと思いませんか?」
「そりゃあまあ……でも仕方がないことだよ。みんながみんな、同じ場所で住むのはむずかしいもの」
「だから、争うのですよ。愛する人の為に、よりよい暮らしの為に、一つしかない物をみなが欲しがってみなが殺し合い奪い合う。それに争いに虚しさを覚えて剣を振り上げるのをやめてしまうと、剣を振りかざした人間が攻めてくる。だから剣をとる。だから剣を下ろせない。戦わなければ負けてしまう。いつからなのか、誰からなのか。それは解りませんが、もうずっと長い間、いろんな理由で争いがあるのです」
「悲しいね」
「ええ、とっても」

 王子は大げさにため息をつくと、僕には難しい。と嘆きました。

「みんなが野原の草花だったらいいのに。お互い干渉しあわないで、水と空気と太陽を分け合いっこするんだ。そうしたらすごく素敵なことだと思わない?」
「それは素敵なことですね、王子」

 と赤の騎士が言いました。王子は赤の騎士の本当にそう思っている、と言ったような声が大好きでした。

(この人も自分の国に帰りたいだろうに。ちっともそんなことは言わないんだ。とっても強い人なんだ。僕は……僕は赤の騎士が大好き。この人の声を聞くと、胸がぽかぽかする。僕の頬が赤くなる。なんでだろうか。とても不思議だ。彼が僕にとっては魔法使いだと思うんだ)

 そう思っていると、突然大きな音が聞こえました。がん、だとか、がつん、だとか。誰かがなにかを殴った音です。そこでまた、あいつが帰ってきたのだ、と王子は眉をしかめました。黒の騎士は赤の騎士を本当によく殴るのです。まるで赤の騎士が痛みを感じない男であるかのように扱うのですが、もちろんそうではありません。だから、鈍い音がしたら、決まって赤の騎士のうめき声が聞こえるのです。

「おい、でくのぼう。お前は最近一人でにやにやと笑っていることがあるけれど、そんなに楽しい事があるのかい。なんだい、耳に花なんかかけやがって、どうした、女みたいだ」

 と、嫌味な声が聞こえます。その正体はもちろん一人しかおりません。

「ご主人様、お帰りなさいませ。いえ……これは、その、あんまりに綺麗でしたから。つい、似合わぬものを身に着けてしまいました。どうかお許しを」
「ふん、身の程知らず。お前なんか、俺を見ていればよいのだ、赤の騎士。俺は美しいだろう?」
「ええ、ご主人様。あなたはとてもお美しい」
「その男に犯されるのを光栄に思うがいい」

そんな声が聞こえて、いやらしい水音しか聞こえなくなったユリの花を握りしめて、王子は立ち上がりました。

そして階段を駆け昇り、中庭の良く赤の騎士が好んで座る場所が良く見える部屋に行くと、覗いていることがばれないように、そっ、と窓から中庭を見下ろすのです。すると、二つの体が重なっているのが見えました。黒の騎士が赤の騎士に覆いかぶさっています。そして、唇を思う存分味わっています。手にしている百合の花から声が漏れ聞こえます。自分の声が二人に聞こえぬように、唇を噛みしめながら王子は二人の会話に耳をすませました。

「あれから王子とは会ったのかい」
「いいえ、いいえ、会ってはいません」
「そうか、では他の男とは」
「ありません。……なにより」
「なにより?」
「ご主人様だけですとも、このような形をした男に欲を覚えるのは」
「どういうことだ」
「あなたは私で己の欲を慰めますが、それは獰猛な獣同士の決闘の後、血が昂っていたのを欲情だと思い誤っただけの事。きっと私ではないのです、貴方を真に慰める事が出来るのは」
「生意気な」
「ええ、そうかもしれません。だが、私はあなたを見るたびに私の息子を思い出します。彼もまた、戦が好きな男でした。戦の中でしか生きられぬと己で勝手に思い込んだ愚かな息子でした」
「その息子は」
「死にましたとも。戦場から帰った次の朝にまた戦を求めて出かけて行って死にました。あなたからはそんな匂いがする。どうか、お健やかに、御心を確かに」
「偉そうな口を叩く、お前からもそんな匂いがする。お前こそ、嫌だ嫌だと言いながら戦をしていると前に言っていたがお前が一番美しかったのは、俺を殺そうとした五年前のあのお前だ。血に飢えたけだものは、お前のことだ。清純そうな顔をして。聖人のような顔で澄まして。戦場へ出たら一等、人を殺していたのはお前だと言うのに、この人殺し」
「ああ」
「偉そうな口を聞いて、俺に殺してほしいのか?」
「叶うならば、そうしてほしい」
 
 静かな声が聞こえました。最後の祈りを捧げるような声でした。ごくり、と誰かの喉が鳴る音が聞こえましたが、すぐに嘲るような笑いがユリの花から流れてきたのでした。

「お前の願いなんか、叶えてなんかやるもんか。ははは、お前は一生俺の慰み者さ」
「あなたはまだ若いのだ、女性を娶り、健やかに在るべきだ」
「うるさい!」

 ばちん、ばちん。窓の外で赤の騎士に馬乗りになった黒の騎士が右手を振り回して赤の騎士の頬を張ります。それから引きちぎるようにして赤の騎士のシャツを裂き、乱暴にズボンを脱がせます。明るい日差しの中で赤の騎士が裸に剥かれていきます。なにかを察したのか、人が数人いた筈だのに、黒の騎士が赤の騎士の頬を張っているあたりから、中庭は二人以外の人の姿はどこにもありませんでした。

 赤の騎士が、青々とした芝生の中でうずくまっています。その体を乱暴に仰向けにして、黒の騎士が早急に自分の性器を取り出して数回扱くと、首を横に振り続ける赤の騎士の秘部にずぶりと突き刺しました。

「ああ、ああ」
「いいか、赤の騎士。よく覚えておくがいい。俺はお前が女ならば、どこにいようがすぐに攫って嫁にしていた。お前が戦場で目で俺を射貫く時。俺と剣を交える時。俺の心は歓喜に震えていたのだ。俺は強いが、お前はもっと強い。そんな男に会えて俺はとても嬉しかった。お前の国が負けた時、一番に和平を申し込むように仕向けたのは俺だ。そして一番厄介なのはあの国の騎士団長です、首をはねるべきだと王に言ったのも俺ならば、もしも私に戦の褒美をお考えなのならば、城の牢にいるあの男を家来に下さいと王にねだったのもこの俺だ。いいか、赤の騎士。ここまで俺の心を掴んで離さないのに、お前ときたら、俺を見ない。俺に心を開かない。それは……俺にとって最大の誤算だ。もっと、俺を見ろ。俺だけを、見ろ」
「ご主人様、そんな、狂っている、あなたは狂っている」
「そうとも、俺はお前に狂っているのだ、お前が狂わせたのだ。だからお前も俺に狂わねば、おかしい、理不尽、間違っている、そう思うだろう、赤の騎士」
「そんな、私は、なにもそんなことは思っていなかった、あなたを戦場で認識したことはなかったのだ!あなただと、思って剣を交えたことなど、ただの一度も」
「うるさい、うるさい!」

 悲鳴のような声を上げて黒の騎士が赤の騎士を責めたてます。黒の騎士は赤の騎士をに蹂躙しつくすのです。その行為の激しい事。王子はなぜだか、体が熱くなりました。痛々しい光景だと言うのに。
 若い男が老いた男を責めたてる、哀れな場面だというのに。どうしようもなく、自分の下半身が熱くなるのです。ああ、と胸を掴み、耐えようとするもどうしても、下半身の熱がおさまりません。意を決した王子がズボンを下ろした時には王子の穢れのない男性器はきちんと上を向いておりました。痛みさえ感じるほど、硬くなっておりました。王子は中庭で行われている蛮行を凝視しながら自分の性器を握りしめ、上下に擦り始めました。思わず声が出そうなほどに、厭らしくも痺れるような快楽が清らかな王子の精神を蝕みます。地面では獣が二匹、まぐわっています。それを見て、王子が己の初めての精を吐き出した時、自分が少し、成長しているのに気が付きました。先ほどまで十歳ほどの子供だったのに。愛らしさより、美しさの方が勝っている、少し大人びた顔の十五歳ほどの少年が、そこにはおりました。

 王子の急激な成長を特に喜んだのは王様でした。王様はなぜこんなに早く成長したのかは気にも留めず、ただ我が子がこんなに立派になって。とそればかり嬉しがっていたのです。

 お妃さまは大きくなった王子を見て、複雑な気分になっていました。

 ゆっくりと年をとればいいのに。どうしてこんなに早くこの子は成長するのだろうと悲しくなりました。

「ねえ王子。もっと子供のままでいても、いいのよ?」
「うんお母さん。僕も子供のままでいたいよ。でも、駄目みたいだ」
「駄目?」
「僕はずっと子供でいたいのに。心が叫ぶんだよ。もっと、もっと、大きくならないとって」
「大きくなって、どうするの?」
「大事な人を守るんだ」
「まあ、この子ったら……。貴方はまだ四つなのよ?私があなたを守ってあげたいのに……、お前は良い子になりすぎたわ、賢い子」

 そう言ってお妃さまは強く我が子を抱きしめました。王子は実際の所、人間の年齢で言えば四歳になります。ですから母親であるお妃さまにはいくら王子が外見は大きくなろうとも、まだまだ小さな子供にしか思えませんでした。

 まさか王子が黒の騎士と赤の騎士の交わりをみて己の性器を握りしめ、もう精通まで済ませただなんて。

 そんなことを正直に王子がお妃さまに打ち明けたなら、きっとお妃さまは心痛のあまり死んでしまうかもしれません、だってまだ、王子は四歳なのですから。

 王子はもちろんそんなことは言いませんでした。なぜだか解らないのですが、言ってはいけない気がしたのです。

 それから王子は、性器をいじることを覚えてしまいました。決まって、頭に浮かぶのは赤の騎士の事です。赤の騎士とは、中庭で花を通しておしゃべりすることがあれから何度もありましたが、そんな時に、ふと自分の性器が硬くなるのを感じたのも何度となく、あったのです。

(僕は、きっと赤の騎士が好きなんだ。僕は黒の騎士が赤の騎士にするように、したいんだろうと思う。でも、もっと優しくしてあげたい。僕なら、ああ、僕なら)

 赤の騎士の分厚い唇に吸い付いて、あの、大きな口の中に舌を差し入れて、あの中がどんな味をしているのか、どんなに熱い吐息がこみあげてくるのか。そして、あの、あふれ出てくる透明な液体を僕はごくりと飲み干したい。それからあの人の肌を、胸の突起を思う存分舐めてみたい、黒の騎士が乱暴に扱う赤の騎士のお尻の穴の中がどんな風になっているか見てみたい。

 そして、繋がりたい。そう思うたびに王子は体を震わせて射精をしてしまうのでした。

 黒の騎士は、赤の騎士を常に支配したがりました。家来、と言ってみたり、下僕と言ってみたり。

 またある時からは俺の愛人だとも言いました。俺の物だ、とも言いました。恋人かもしれない、とも言い直しました。

 その度に赤の騎士は悲しい笑い顔をしました。

 他にする表情がなかったのです。

 赤の騎士はそんなこと、ちっとも望んでいなかったからです。

 ただ、体は自分の意思とは違い、熟れていきます。男に乳首を常に吸われ、噛みつかれ、赤く腫れて色づきだしたその乳首は快楽を赤の騎士にもたらしましたし、硬く引き締まった肢体は男の筋張った手で愛撫されると、ただそれだけで吐息が出ます。尚悪いことに、今まで考えてもみなかった快楽の住処を自分よりもうんと年下の男に知られてしまったことです。あの、誰にでもついているあの、穴が。あれほどまでに気持ちがいいだなんて。あの中を大きな男の欲望で塞がれてしまうと。もう、いけません。なにも考えられなくなるのです。

 最初はとても痛くありました。生まれてこの方、それは排泄の為だけに使ってきたからです。初めて赤の騎士が黒の騎士に犯された時はあんまりの痛みにたまらずに嗚咽をもらし、気絶をしてしまったほどです。

 それなのに今では黒の騎士の中指一つ、押し込まれて内側からカリカリ、と肉壁を擦られるだけでなんとも言えない気分になるのでした。

(女の体にされてしまった)

 赤の騎士が黒の騎士に抱かれる度、思う言葉はそれです。

(女の体にしてやった)

 黒の騎士が赤の騎士を抱く度、思う言葉はそれです。

 赤の騎士はもう国には帰れないと思いました。鮮やかな赤の髪、燃えるような瞳。愛する人達がいるあの国へはもう帰れないと思いました。赤の騎士は白の国で孤独でした。黒の騎士が赤の騎士を間違ってはいるものの愛してはいますが、赤の騎士は黒の騎士を愛することができません。当然のことです。身勝手な愛を欲する風変わりな人がどれだけいるというのでしょうか。

 しかし、最近、友達ができました。それは驚いたことにこの国の王子だったのです。彼はとても不思議な男の子でした。まだ四歳だというのに十歳くらいの風貌で、とても無邪気ないい子です。花を通じて他愛もない会話を彼としていると、赤の騎士はその時だけやっと、呼吸が出来る気がしました。爽やかに笑う事もできました。彼にとって、王子は大切な存在でした。

 最近は花を通じてでしか話をしていないな、と赤の騎士が寂しく思っていたある日の事です。

 彼はいつものように黒の騎士をお城の中庭でぼんやりと大きな体を小さくしながら座って待っていました。すると見慣れない美しい少年が近づいてきて、「やあ、久しぶり」と親し気に声をかけてきました。

 緑の髪、緑の瞳の少年はどことなく、王子に似ていました。まさか、と思いながら赤の騎士は尋ねます。

「もしかして、君は王子かい」
「もしかしなくとも、僕さ。変な事をいうもんだ」
「だってあなた……あなたはもっと幼いはずだもの」
「だから、大きくなったのさ。僕、小さくては出来ない事があったから、大きくなりたいと願ったんだ。どうだい、僕の体。立派でしょう?」
「ええ。立派ですとも」

 そう言って赤の騎士はどことなく、父親の顔をしました。

 もしかしたら彼は、息子の事を思い出していたのかもしれません。だけれども王子はそれには気づかないで、赤の騎士に抱き着いて、良かった、と言いました。

「僕、僕ね。君が欲しいんだ」
「王子。それはどういうことなんです?」
「君が黒の騎士としていたようなことが、僕……したいんだよ。だから大きくなったんだ。小さいと、あんなこと、出来ないでしょう?だから、ねえ触ってごらんよ僕のあそこ。とても、大きくなったんだよ」

 そう言うなり、王子はあ然としている赤の騎士の手を握り、自分の股間に誘おうとします。それに気が付いた赤の騎士は、かっ、となりました。

「なにをするのです! あなたは自分が何をしているのか解っておいでなのか!」
「解っているよ。……君が、好き。君を見ていると僕は頭の芯が柔らかくなって、僕のおちんちんが、硬くなるんだ。それをどうしたらいいか、僕は何度もこの庭で見たよ。君のあそこに、僕のおちんちんをいれればいいのさ。ねえ、お願いだよ。僕の事、好きでしょう?」
「王子!」

 王子は姿形は大きくなっても、笑顔はちっとも変りませんでした。それなのに喋る事ときたら赤の騎士にとってはおぞましい望みを平気な口調で言うのです。

 王子が姿を変えてまで欲しかった物が己との肉欲の交わりだったと赤の騎士が悟った時には王子の唇が赤の騎士の唇を奪った後でした。

 やめてください、と喋ろうとして口を開けるとそこから王子の舌が忍び込みます。

 柔らかな舌が無邪気に、自分勝手に侵入します。

 その無法者を嚙む。そんなことは赤の騎士にはできませんでした。なぜならその舌は、自分がこの国で唯一の友であった王子の一部なのですから。

 ただ、悲しくなりました。

 無性に悲しくなりました。

 赤の騎士の幼く愛くるしい友達はどこかに消え去って、自分を肉欲の眼差しで見ている若者が現れました。それは赤の騎士にとって、第二の黒の騎士でした。

 もう友はいなくなりました。

 この国での唯一の心の拠り所さえ自分は失ったのだと、絶望しました。

 けれども王子には赤の騎士の絶望など微塵も伝わりませんでした。嫌がる気配のない赤の騎士に気を良くして、自分の欲望を満たそうとしました。

 赤の騎士の口の中を思う存分味わい、舌をかじり、首元にキスしながら赤の騎士の胸元をまさぐります。そうすると次第に体が熱くなってきて、自分の下半身が硬くなるのを感じます。それを嬉し気に王子は赤の騎士に告げました。

「ねえ、触ってみてよ赤の騎士。お前に触れただけで僕のおちんちんはどんどん硬くなるんだ。すごく、気持ちがいいよ。こんなの初めてさ。ねえ、早く君の中に入ってみたいよ。そうしたらどんな気分になれるのか、味わってみたいんだ。ねえ、いいでしょう?」
「王子……、いけません。そんなことをしてはいけないのです」
「どうして? だって黒の騎士とはしていたじゃないか」
「それは……」
「どうしてあいつがよくって、僕は駄目なの? ずるいよ。不公平じゃないか! 君は僕なんかより、あいつの事が大事なんだね?だから僕をのけ者にするんだろう!」
「違うんです、そういう訳ではないのです」
「じゃあ、僕にだって、君の中に入っていいはずだろう? そうだろう?」

 王子は駄々をこねます。なぜ赤の騎士が自分を拒むのか、意味が解りません。赤の騎士は黒の騎士より自分を好きなはずなのに。自分の方が黒の騎士より優しくできるはずなのに。

 王子は体は成長しましたが、心は子供のままでした。だから、悲しそうに赤の騎士が自分を見る意味が理解できませんでした。なぜ?どうして?そんな疑問に答える事もできないほど赤の騎士が心を砕かれているという事にも気が付きませんでした。

 仕方がないので自分勝手に物事をすませようと、赤の騎士のズボンに手をかけようとした時です。後ろから誰かの怒鳴る声がしました。

「この野郎、俺のものに勝手に触るだなんて、一体全体なんのつもりだ」

 そう言うなり黒の騎士は王子の襟首を掴んで赤の騎士から引き剥がしました。その途中でその愚か者が王子である事を知った黒の騎士は、にやり、と笑って慇懃無礼にお辞儀をしました。

「おやおや、これは王子ではありませんか。少し見ないうちに成長されましたな……。しかし、王子といえども私の家来に勝手に触れてもらっては困ります」
「だけど僕……、赤の騎士が好きなんだ。どうしようもなく。君だけ、ずるいや」
「何を言うのです王子。これは、私が王から頂いた褒美なのですよ。私が命を賭けて戦い、そして勝利したから手に入れることができた物。王子のようにお城の中でぬくぬくと生きてきた子供には、私の苦労など解らないでしょうな。いいですか、私はこの男を手放す気など毛頭ありません。もしも私が死んだなら、この男も殺して共に墓に入るのだ。ははは、王子。残念でしたな。悔しくば、あなたも戦争で勲章をとってらっしゃい。そして、自分のお望みの娘さんをお嫁にもらいなさい。そうすればこんな年のいった男の事なんて、すっかりと忘れてしまいますよ。そらいつまで呆けているのだ、さっさと立たないか、このでくのぼう」

 そう言うと、地べたに座り込んだままの赤の騎士を立ち上がらせると、赤の騎士の顎を右手で掴み、噛みつくようなキスをしました。嫌がってのけぞる赤の騎士の腰に腕を巻き付けてぐい、と引き寄せると長い舌が赤の騎士の口内を侵します。激しい口づけの後、なにかを思いついた黒の騎士は言いました。

「王子、この男が欲しいのですか。抱きたいのですか」
「うん……、僕は、彼を抱きたくてたまらないんだ」
「王子はとても強い力をお持ちだと聞きました。どうです、私のいう事を聞けるのならば、一度だけ赤の騎士を抱かせてあげましょう」
「ほんとうに?」

 王子の顔が輝きます。

 それと同時に赤の騎士の顔が曇ります。

 王子は純粋でした。そしてとても素直だった。

 けれどそこには正しさはなく、彼の心はなんにでも染まってしまえる白い布地と同じだというだけのことなのです。

 王子に善悪は解りませんでした。

 王子が今為すべきだと思っている事とは、赤の騎士の中に自分の大きくなったばかりんの立派なおちんちんをいれてしまいたくてたまらない。それだけだったのです。

 黒の騎士の悪い笑顔の意味さえ王子には解りませんでした。

「それでは今、国の外で我々と戦争をしている青の国の大将の首をとってらっしゃい。そうしたならこの男を一度貸してやりましょう」
「なあんだ。それだけで、いいの」

 王子はあっさりと頷くと指を鳴らしました。そうすると王子が白い小鳥になり、パタパタとどこかに飛んでいきました。王子が飛んで行ったのは、白の国の外でした。そこでは何百、何千という白の国の兵隊と青の国の兵隊が、剣で刺したり刺されたりしていました。王子は再び人の姿になりますと、あたりを見回して、一番偉そうな男を探します。すると、馬に乗った偉そうな男がおりましたので、近くに倒れていた白の国の瀕死の兵隊さんに尋ねました。

「ねえ、兵隊さん。あの馬に乗った偉そうなおじさんがの国の大将かい」

 そう聞くと、真っ青な顔をした兵隊さんが頷きます。けれど王子はなんとも思わないで、ありがとう。とお礼を言うと、何も言わないで兵隊さんは死んでしまいました。王子はちえっ、と言うだけ言って青の国の大将を指さしました。すると、青の国の大将の馬の足元からするすると鮮やかな緑色の蔦がシュルシュルと伸びてきます。驚いた馬が逃げようとしました、けれど、蔦は馬も、大将も捕まえてしまいました。そして、青の国の兵隊さん達があんぐりと口を開けている間に、蔦は一本の蔓をとても鋭く尖らせました。そして、素早く青の国の大将の首をはねたのです。

 あんまりにも素早く首をはねたので、ぽーん、とその首は空を飛んで、待ち構えていた王子の腕の中にすっぽりとおさまりました。

 青の国の兵隊たちは、大将がやられたのだからもうここにいる必要はないとばかりに自分の国へ帰ってしまいました。王子は鼻高々で、歓声をあげる城の国の兵隊達と白の国へ帰りました。

 青の国の大将の首を掲げて白の国に帰った王子は無邪気に黒の騎士にそれを見せました。

 そら、どうだい、どんなもんだい。そんな風に見せました。

 黒の騎士は驚いた顔をしました。赤の騎士が心底悲しそうな顔をしました。

「これでいいのだろう、黒の騎士。約束通り、赤の騎士を抱かせておくれよ」

 そう言うと、黒の騎士は肩をすくめてやれやれ、と言いました。

「まさか本当に大将の首をとるとは大したものだ。仕方がない、一度だけ抱かせてやろう。なあ、赤の騎士。王子に褒美をくれてやるがいい」

 そう言うと、赤の騎士は静かに首を横に振りました。

王子は怪訝な顔を隠しません。言われたとおりにやったのに。

 青の国の大将の首を赤の騎士に近づけて、王子はこう言いました。

「僕は白の国の敵をやっつけたんだ。偉いだろう」
「ええ、とっても偉い事です」    
「だから僕はご褒美をもらってもいいはずだ」
「ええ、その通りですとも、王子。だけれども」
「だけれども?」
「もしも、私の事を好きだと思ってくれているのなら。友として、大切だと思ってくれていたのなら。私を抱きたい、だなんておっしゃらないでください。どうか、私から人間の尊厳を奪わないでください」
「人間の尊厳?」
「ええ、そうです」
「それは……僕よりも大事な物なの?」

 王子は、人間の尊厳。というものがどんなものなのかあまりよく解りませんでした。ただ、赤の騎士がその尊厳とやらが自分より大事な物なのかを知りたかっただけなのです。

 赤の騎士にとって、無邪気に返されたその質問がどれだけの苦しみを彼に与えたか、王子は知るよしもありませんでした。

 ただ、はっ。と気づいた黒の騎士がなにかを口に出そうとしたのを赤の騎士が手で制してから、言いました。

 眉間に皺を寄せて、笑おうとして失敗した笑顔で言いました。

「いいえ。あなたより大事な物ではありません」
「なあんだ、それじゃあ問題がないんだね。君が好きなの。とっても、好きなの」

 王子は嬉し気に笑います。

【ほんとうのこと】。赤の騎士は真実そう思いました。

 それを王子はきちんと勘付いたので、とても嬉しく思いました。

【ほんとうのこと】。だけれども、それが正しいのかは別のお話です。

 赤の騎士は王子に笑い返そうと努めます。が、どうもおかしな顔になるだけです。

 王子が口付けをはじめます。お城の中庭で、明るい日差しの中で、王子は赤の騎士を丸裸にします。青の国の大将の首はそこいらの草むらに放り出したままです。戦いの中でついた傷が沢山ある赤の騎士の逞しい裸を見て、王子は体が火照ります。あそこがむずむずとなってきて、王子も服を脱ぎ捨てました。白い肌に緑の髪、緑の瞳。素晴らしい絹のようにすべすべした傷のない肌。その中心についている男根だけが赤黒くて、腫れぼったくて、やけに生々しいのでした。

 さあ四つん這いになって見せて。と王子が言います。それに素直に応じようとする赤の騎士の腕を黒の騎士がぐいっと掴んで止めました。

「もういい、やめるんだ」
「黒の騎士、それはできません」
「どうして」
「これは貴方があの子に約束したことだ。あの子はなにも悪くない」
「だけれども、お前は苦しんでいる。これ以上傷つく必要がどこにあるというのだ。嗚呼、戯れに下らない約束をした俺が間違っていた、頼む。もうそれ以上そんな顔をして笑わないでくれ」
「いいや。約束は、約束なのだ。約束は守らねばならない。ただ……もし、あなたが今の私を見て何か思う事があるのだとしたら。今後、同じ過ちを繰り返してはいけない。どうか、私と約束をしていただけませんか、ご主人様」
 
 そう言って赤の騎士は真剣な顔で黒の騎士を見つめました。それは、黒の騎士が戦場で幾度となく見た、男の顔でした。黒の騎士がなんとしてでも手に入れたいと焦がれた男の顔でした。

 王子はとても興奮していました。だから、赤の騎士が王子に顔をあまり見せないようにしていることにも気が付きませんでした。

 王子は以前黒の騎士がしていたように、中指と人差し指を自分の唾液でまぶすと、赤の騎士の秘部へずぶりと差し込みました。ゆっくりと肉壁が王子の指を包み込みます。中で指をかき回すと、赤の騎士の体が跳ねます。王子は指を激しく上下に動かしてみます。すると赤の騎士が「う……うう」と声を漏らすのではありませんか。気をよくした王子は赤の騎士をひっくり返すと仰向けにして、土の上に赤の騎士を寝かせました。

 恥じらっているのか。赤の騎士は片手で両目を覆っていました。

「どうして、目を隠すんだい」
「……恥ずかしくて」
「どうして声を漏らしたの」
「とても、気持ちがよいからです」
「そう、良かった」

 王子はなにも考えないでそう答えました。しゃくり上げる涙声に勘付かないで、背けた顔の角度になんの疑問も持たないで、王子は赤の騎士の両足を肩にかけて、自分の性器を握りしめ、赤の騎士の秘部に突き刺しました。そこはとても、気持ちがよい場所でした。王子は夢中でずん、ずん、と腰を振りました。自分のおちんちんが溶けてしまいそうになるくらい、赤の騎士の秘密の場所は気持ちいいものでした。

「ああ、赤の騎士、君はなんて気持ちがいいのだろう。僕はずっと君と繋がっていたい気分だ……。まるで前からこうやって一つになっていたかのように君の孔は僕の性器を咥えて離さないよ、ああ、ああ。たまらない。なんて素晴らしいんだろう」
「うう……、うう……」
「あら、どうしてまた声を漏らすの」
「それは……気持ちがいいからです。うう……うう……」
「そう、では僕と同じ気持ちなんだね。僕とっても幸せだよ。ずっとこうしていたいもの」

 赤の騎士は決して目元から覆った片手を外そうとはしませんでした。

 自分の体を犯し、恍惚に浸 る王子の顔なんか見たくありませんでしたし、自分が情けないと流す涙なんか、見られたくはありませんでしたから。

 そうして王子は誰かさんの涙なんかに気づかないで腰を振っていると、段々おちんちんの奥からせり上がってくる何かがありました。なんだろう、と思いながら夢中で赤の騎士を責めたてますと、それは王子を快感に誘います。ああ、どうにかなってしまう。そう思った時には王子は赤の騎士の中に精を吐き出してしまっていました。自分で自慰をした時にはこんな感覚はありませんでした。はあはあと荒い息を立てながらも、その快楽をもう一度味わいたいと、赤の騎士と繋がったまま、もう一戦交えようとした時です。黒の騎士が王子の肩を掴んでこう言いました。

「駄目だ。一度だけだと言ったろう」
「ええ、だけど僕はまだ、満足していないんだ」
「お前が満足したかどうだっていいんだ。赤の騎士は約束を守った。さあ、もう行ってくれ。そうして……明日からは決してお前には赤の騎士の体を抱かせまい。これからは俺だけが、赤の騎士を愛するのだ」

険しい顔の黒の騎士がそういうものですから、仕方なく王子は赤の騎士から自分の性器を引き抜きました。だって、約束は約束なのですから。でも、次がないだなんて。こんなに気持ちがよいのに。がっかりしながらも、王子は赤の騎士にこう言いました。


「赤の騎士、ありがとう。とっても気持ちが良かったよ。また、今度お話をしようね」
「……ええ、ええ。勿論ですとも」

 赤の騎士は目元を隠したまま、返事をしました。

 王子が衣服を身に着けて帰っていくと、後には素っ裸で転がっている赤の騎士と、黒の騎士と、青の国の大将の首が中庭に残されました。

 情けない顔をした黒の騎士は悲しみに打ち震えて体に力の入らない赤の騎士の衣服を拾い、甲斐甲斐しく着替えを手伝いながら赤の騎士に尋ねました。

「どうして、お前はそこまで耐えるのか。俺があれだけ酷い仕打ちをしていてもお前は自分より弱い俺に良いようにされるだけだったし、今も王子の好きなようにさせてやった。あれほどの騎士であったお前がどうして、ここまで我慢するのだ」

 そう言うと赤の騎士は黙って青の国の大将の首を指さして、こう言いました。

「私は、あの首になりにきたのです。国の為に、死にに来たのです。私は今、あの首と同じだと思っています。ただ、生きているだけで、あの首のようになにも出来ません。私の国では私が立派に死んだと思っていますから、私はそれでいいのです。……もしもあなたが私を哀れに思ってくれるというのなら、どうかあの男と同じように私の首も斬って下さいませんか。私の首はあげますから、体は国に返してくれませんか。私は一部でも、あの国に帰りたいのです。こんな体にされては、生きてなど帰れませんから、どうか私に飽きたのなら、そうしていただけませんか」

 赤の騎士は静かに言いました。黒の騎士は自分の罪深さを思い知りながらも、首を縦には振りませんでした。ただ、うなだれて首を横に振るのでした。

「すまないが、それはできない。なぜなら俺もまた、貴方を愛しているからだ。どうしようもなく貴方に惚れているからだ。ああ許してほしい、赤の騎士。許してもらえるかは解らないが。私の生あるかぎり、あなたに私の愛を注ごう。どうか、首になりたいだなんて言わないでおくれ」

 そう言って黒の騎士は赤の騎士を抱きしめました。黒の騎士は初めて自分が愛した男がどれだけ高潔で美しい精神を持っているか知りました。
 そしてその男が自分の愚かな行いでどれだけ傷ついていたのか、どれだけの覚悟をもって白の国へ来たのかを思い知らされたのでした。



 生来の黒の騎士は、気持ちの良い男でした。
 
 物事に執着しない性質なのは、戦士の家系だからでしょうか。

 戦いを好む一族の血を引く彼は生まれも育ちも白の国の男で、代々ずっと戦士でした。

 戦って死ぬことは彼の一族の誇りであり、戦場で死なない男は一族の恥でした。

  炎の国と呼ばれる国の男達は赤い髪に赤い瞳を持っていました。彼らはとても勇敢で、よく戦いました。が、惜しむらくはその勢力です。
 炎の国は小さくて、白の国は大きかったので、兵隊の数もまた、けた違いだったのです。

 それでも、炎の国の戦士たちは勇敢に戦いました。少ない数だけれども少数精鋭の騎士達で、白の国の大勢の兵士達を沢山殺しました。

 炎の国と白の国は何年も何年も戦いました。
 
 黒の騎士は初めて出た戦場で一際輝く赤い髪の男を見ました。彼は炎の国の騎士団長で、彼が剣を一振りすると馬も人もごろごろ斬られていきます。

 彼は常に前を向いていましたが、その視線の先にはなにがあるかは誰にも解りませんでした。何故ならその視線の先に入った者はことごとく斬られてしまうからです。

 人は彼を赤の騎士、と呼びました。

 黒の騎士は彼を殺したい、と思いました。彼を殺して手柄を立てたいとも思いました。
 
 黒の騎士は一族の中でもうんと優秀で、その上凛々しい美丈夫でした。一族の女達は黒の騎士と結婚したがりましたが、黒の騎士が心奪われていたのは、戦場で剣を握る赤い髪の男でした。

 若くて剣の腕も確かだった彼は赤の騎士に単身挑むことにしました。

 炎の国との戦いの場で、とうとうその機会がやってくる日がきたのです。

 その日は暑い夏の事でした。

 戦いの始まりは正午すぎで、うだるような暑さでした。黒の騎士が何人目かの敵を斬り倒した時、突然その男が戦場に現れました。大きな灰色の馬にまたがって、大きな剣を握ってやってきました。若い黒の騎士は仲間が止めるのも聞かずに無我夢中で馬を操り赤の騎士の前に躍り出ました。そして意気揚々と、赤の騎士を見つめました。見つめた先に大きな、炎が二つ見えました。それは赤の騎士の目玉でした。黒の騎士はその目に吸い寄せられるように近づき、その目もまた、黒の騎士に近づいてくるのです。

 黒の騎士は動けませんでした。

 あまりにも赤の騎士のその瞳が美しいので。

 剣を握るのも忘れてただ、もっとその目の奥にあるものが見たい。そう思ったのです。

 その炎は黒の騎士の願い通りにぐんぐんと、近づいてきました。そして、二つの炎のその真上の太陽と、空の間に大きな剣が現れた、と思った時には黒の騎士に赤の騎士の剣が振り下ろされたのです。はっ、と正気付いた黒の騎士が気づいて一捻り、体を反らさなければ彼は真っ二つになっていたでしょう。それでもよけきれなかった剣の切っ先は若い黒の騎士の脇腹をえぐりました。黒の騎士はたまらずに馬上から転げ落ちて、そのまま失神してしまいました。

それから黒の騎士は仲間の騎士に助けられて一命を取り留めましたが長い事、寝床から出る事出来ないほどの重症を負いました。それに、夢を見るのです。

 暗闇の中に二つの炎が見えます。

 それを段々見つめていると、誰かの顔になるのです。

 それは、赤の騎士の顔でした。

 その顔は、無表情でした。こちらを見つめるでもなく、ただ前を向いている顔でした。

(こちらを見ろ! こちらをきちんと見つめろ! 俺を、見てくれ!)
 
 そう思うのに、その目線は決して合わないのです。

 それからずっと、黒の騎士は赤の騎士の虜でした。こちらを認識していると、勝手に思っていました。何度か手合わせもありました。隣にいた友人が赤の騎士に殺されたこともありました。それでも黒の騎士は赤の騎士を尊敬こそすれ、なぜか憎むことはできなかったのです。

 その男を手に入れるチャンスがやってきたのはほんの一年前です。

 炎の国の王が白の国に降伏を申し込んだのです。黒の騎士は心の中で小躍りしました。そして、そんなことはけしておくびにもださず、王に進言しました。


「王様、ここは和平を申し込みましょう。これ以上、いたずらに血を流してもお互い得はありますまい」
「うん、まあ、それはそうなのだが。彼らは蛮族だろう。約束など、期待してもよいものか」
「証が必要でしょう。王よ、彼らの中に赤の騎士という男がおります。彼は戦場で沢山の同胞を斬り殺しました。あれは炎の国の大将です。その男の首を所望いたしましょう。そんな男を捧げてきたのならばそれは嘘偽る事のない真意でしょう」
「なるほどさすがは黒の騎士だ、さっそくそれを和平の為の条件といたそうか」

 王様は黒の騎士を大層褒めました。そして炎の国に、幸福の条件、そして和平の交渉条件として赤の騎士を差し出せという書状を持った使者を向かわせました。

 その一か月後、使者は戻りました。馬に大きな檻の荷台をつけて。

 檻の中には、黒の騎士が夢にまで見た赤の騎士が手足に枷をつけられて座っておりました。

 荷台を操っている御者は赤い髪をしていました。涙を隠すこともなく、御者は泣いておりました。

 一方の赤い騎士は。

 穏やかな顔をしていました。

 戦場で見る時よりも、随分小さく、うんと穏やかな顔をしていると黒の騎士は思いました。

 それからいつ処刑をするか、と相談している王様や大臣たちに、黒の騎士はこう、進言しました。

「王様。いつか王様は、私の戦場での功績を讃えて褒美をとらせてやるとおっしゃいましたね」
「ああ、その通りだとも黒の騎士」
「では、どうか今、いただけませんか。欲しい物が見つかりました」
「それはなんだね?」
「はい、あの憎い赤い騎士が欲しゅうございます」
「なんだって、それは一体どういう訳だい」
「わたくしの一族は随分あの男めに苦しめられてきたのでございます。王様もご存じの通り、私とてあの男に殺されかけて随分長い間、床に伏せっておりましたでしょう? 友も、血族も奴に多く無慈悲に斬り殺されたのです。ですから、苦しめたい、とあの生身の男をよくよく見れば、そういう考えがふつふつと湧いて湧いてたまらなくなったのです」
「ふむ。お前は嫁も娶らず脇目もふらず随分よくやってくれていると私も感じていたのだ。ようし、それならば願い通りにお前に赤い騎士をくれてやろうじゃないか。うんと苦しめてやるがいい。どうせ、蛮族の男だ、いくら虐めたって良心の呵責もおきまいさ」

 そう言って慈悲深い王様は、黒の騎士に赤の騎士を下賜されました。

 黒の騎士は、赤い騎士を鎖に繋いだまま自分の家へと招きました。一族の者は俺にも赤い騎士を刻ませろ、だの鳥に生きたまま食わせるがいい、だの好き勝手を言いましたが、そんなことは断じてするつもりはありませんでした。彼はようやく恋焦がれた男を手に入れたのです。

 そうして、最初は優しく接しようと心に決めたのですが。

 赤の騎士と言う男は随分頑固な男でした。絹の衣服を渡しても黙って首を振り、芳醇な美酒を杯に入れても、豪華な食事を与えても、水と粗末なパンの一切れしか口にしません。所望することと言えばただ一つ。

「早く死刑にしてください」

 それだけを乞うのでした。

 そればかりか赤の騎士は黒の騎士を見つめていても、どこか違う所を見ているような顔をするのです。憎々しい男です。目と鼻の先で見つめ合っても、黒の騎士は、赤の騎士になんとも思われていないのです。彼は恐怖も、憎しみも黒の騎士に抱いていないのです。心は常に平穏だ、とばかりの涼しい顔で鎖に繋がれているのです。

 黒の騎士は、赤の騎士を手に入れていない事に気が付きました。

 そう思った瞬間に、赤の騎士の右の頬を平手で張っていました。突然の事に驚いた赤の騎士は、黒の騎士を見ました。

 そうです、彼は黒の騎士を見つめたのです。

 黒の騎士は心の中で歓喜しました。そして、わざと怖い顔を作って「やい、でくのぼう。この愚かな男め」と言いました。

「優しくしていればつけあがりやがって。俺がいつまでもそうしてくれると思ったか。この卑しい蛮族が」
「いいえ、そんなつもりはありませんでした。私はただ、いつ処刑されるのかと思っていただけです」
「ははは、そんなに急いであの世に行くことはあるまい。もっとこの世で地獄に堕ちてもらわないと、俺の気が済まないのだ。見ろ、俺のこの傷を」


 そう言って黒の騎士は服をめくりあげて赤の騎士に自分の脇腹の傷を見せつけたのです。そうすれば戦場でいつも見る顔であると、思い出してもらえると思ったからです。だけれども、赤の騎士はとても困惑した顔で、首を傾げました。

「申し訳ないのですが、それはどういう傷なのでしょうか……」

 その言葉こそが黒の騎士の心をひどく傷つけました。

 赤の騎士は黒の騎士を、まったく覚えていなかったのです。

 黒の騎士は憤りました。この男を手に入れたと思っていたら、それは大間違いでした。

 欲しいのは赤の騎士の全てです。

 それなのにこの男ときたら。

 自分の立場が解っていないのです。

 全てを自分の中に秘めたまま、死のうとしているのです。

 黒の騎士の腕から飛び立つ日を心待ちにしているのです。

 許せない、と黒の騎士は恋焦がれた男の胸を蹴り上げました。綺麗な体での身許(みもと)へなど還すものかよ、と呟きました。

 そうして黒の騎士の暴力にたまらず床に倒れた赤の騎士の髪を、不道徳な欲望にまみれた男が握り、引きずって寝室へ連れて行こうとします。それに気が付いた赤の騎士が身じろぎして、少し抵抗しました。それが嬉しくて黒の騎士は今度は赤の騎士の足を踏みつけました。

「なんだ、でくのぼう。嫌がるのか」
「まってください、あなたはどうして私を自分の家になど連れてきたのですか、早く殺してください、早くギロチン台へ連れていってください」
「ははは、なんだ、愚かな奴、め。お前はギロチン台など行かぬのだ。行くのは俺の寝台だ。そら、ギロチン台が恋しいか。それなら四つん這いになって、首を斬ってくれろとばかりに身構えているがいい。首は斬らぬが、後ろから、殺してやるとばかりに突いてやる」
「な、なんということを」

 赤の騎士が驚愕のあまり、顔が真っ青になっております。

 初めて赤の騎士が黒の騎士の存在に気が付いた時。まっすぐに自分を見つめる男の視線に黒の騎士は喜び、赤の騎士がこれから自分がどういう扱いをされるかということに気が付き、自分の支配者である黒の騎士の射貫くような視線を感じて絶望に打ち震えたのです。

 どこにも逃げるあてがない癖に逃げようとする男の体に黒の騎士は襲いかかります。赤の騎士の身に着けていた粗末な服を破ってしまうと、待ってください、と哀れに懇願する男を殴って無理やり男の秘部に自分の性器をねじこみました。

 その時赤の騎士と黒の騎士は確かにお互いを感じながら見つめ合いました。

 それに満足した黒の騎士は傷ついた心と体の痛みに耐えている赤の騎士と口づけをしました。

 それから幾度となく、幾夜となく、赤の騎士を女のように扱いました。

 全ては、愛の為だと黒の騎士は思っています。自分がここに存在し、いつもお前を見ていたと証明するための行為を繰り返しているだけだと真実思っています。なぜなら黒の騎士は誰かを愛したことがありませんでしたから、奪う事が全てだと思い込んでいました。

 血なまぐさい戦場に、愛などありませんでした。

 奪うか、奪われるか。その二つしかありませんでした。

 戦場で生まれた恋心、というものにも、必然、美しい愛の調べや、永遠に誓い合うお互いの愛の必要性など存在しなかったのです。

 ですから黒の騎士が自分がどれほど赤の騎士を傷つけてきたのかを初めて知ったのは、王子が赤の騎士に無自覚の悪意を向けた時でした。

 赤の騎士は言いました。

【もしも、私の事を好きだと思ってくれているのなら。友として、大切だと思ってくれていたのなら。私を抱きたい、だなんておっしゃらないでください。どうか、私から人間の尊厳を奪わないでください】

 その言葉は幼い心の王子には響きませんでしたが、黒の騎士の心にはずしりと何かを伝えたのです。自分が今まで赤の騎士の何を奪ってきたのかを思い知ったのでした。

 その晩。黒の騎士は自分の家で自ら赤の騎士の体を優しく拭いて清めてやりながら、こう言いました。

「私は貴方にとてもひどい事をしました。許してくれとは言いません。ただ、私は貴方を愛している。いや、愛というものを私は知らないのかもしれません。あなたに振り向いてほしくてたまらなくなって、あなたが私に向けるまなざしがほしくて、愚かな行為を繰り返してしまったのです。これからは私にその償いをさせてください」

 赤の騎士はとても不思議な眼差しを黒の騎士に向けました。

「愛?貴方が私に?」
「ええ、そうです。私は貴方を初めて見た時に、なんと美しい死神だろうと思いました。私は貴方の瞳を見てから、ずっと貴方の虜になりました。貴方は私の同胞や友を殺し、また、私さえも殺そうとしましたが、それでもあなたを思う気持が衰えないのです。貴方に触れたい、言葉を交わし合いたい。それなのに、私はその術を知らなかった。こうして貴方に語る事すら恐れていた。全ての尊厳を奪い、自分の物にすれば手に入れられると思っていたのです。罪深い男です」
「……私も多くの愚かな過ちをしてきました。だから、どうぞ謝らないでください」
「いいえ、貴方は高潔な男だ」
「馬鹿な。私ほど愚かな男はおりません。不道徳で、業の深い愚かな道にさ迷うばかりの男です」


 そう言って、赤の騎士は寂し気に笑いました。厳めしい顔に似合わない、ささやかで繊細な笑顔でした。それは、黒の騎士が思ってもみない表情で、一年ほど寝食を共にしてきたというのに、このような顔を見たのは初めてでした。

 黒の騎士はたまらなくなって、赤の騎士の額に軽い口づけをしました。それだけなら、許されると思ったのです。

 赤の騎士はそれを受け入れました。

 そればかりか、黒の騎士を抱きしめてくれさえしたのでした。

 その晩、二人は同じベッドで抱き合って、夜遅くまでお互いの事を語りました。

 それは二人がお互いの事をなにも知らないという事に気が付いたからなのです。

 幸いなこと、なのでしょうか。赤の騎士は黒の騎士の行いを許しました。

 本来ならば好意であるはずの感情がまかり間違って、本当に大事な人を傷つけてしまう事を彼は知っていたのです。

 その日から、十日の間、黒の騎士は赤の騎士の傍を離れませんでした。

 いかに自分が赤の騎士に憧れていたか、切々と彼に語りました。脇腹の傷を見せて、どこでこれがついた傷なのかを説明しました。夢の中で見た赤の騎士がどれだけ自分を魅了し、苦しめたのかを、一から百まで説明しました。そして、一つ話を終える度に、赤の騎士の許しを貰って、体のどこかに口づけをしました。柔らかくもない、若くもない肌からは男の汗ばんだ匂いがしました。

「貴方を国に帰せればいいのだけれど」

 十日を過ぎる頃になると黒の騎士はもう、すっかり憑き物が落ちたかのような顔をしていました。そして赤の騎士が幸福になれる最善をつくそう、そう思うようになっていました。自分がそばにいなくとも。愛する人が幸せであればいいとも思えるようになりました。けれども赤の騎士は少し困った顔をしました。

「私も帰りたいとは思いますが……」
「思いますが?」
「こんな老いた男が恥ずかしいことなのだけれど、あなたに抱かれて男の味を知ってしまいました。今では女のように抱かれなくては体の熱がとれません。こんな体では、もう故郷に帰る事ができないではありませんか」

 そう言って赤の騎士は微笑みます。それで黒の騎士は彼が自分を許してくれたのだと解りました。それからただ素直に、貴方を抱きたい。と言いました。愛し尽くしたいとも言いました。赤の騎士は私は貴方を愛せるかどうかは解らない、と返事をしました。黒の騎士はもちろんです、と言いました。

「私は貴方を愛しています。ただそれだけのことです。そしてあなたは私を拒む権利があり、私はそれを聞きいれる義務がある。ですから私は、これからあなたを欲する時には、きちんとあなたに向き合い、愛していると告げたいのです」
「あなたは……本来誠実な人なのですね。私はこの一年、死にたいと思って生きてきたけれど、貴方のその言葉で少しその痛みが和らぎました。私を愛した男が、あなたで良かった」

 そう赤の騎士は黒の騎士を見て、微笑みました。

 その微笑みは、黒の騎士をたまらなくさせるのです。なんともいえない気持ちにさせるのです。それから黒の騎士は夢中で赤の騎士を愛しました。

 今までの乱暴な性交ではなく、きちんとした寝床で、優しく奉仕をし、慈しみながら赤の騎士を抱きました。

 以前は赤の騎士に施す快楽の手引きは、羞恥を引き出すためのものでしたが、もう違います。快感に喘いでいる愛する人が、淫らな表情で自分を求める為に使うものだと初めて知り、その手順さえきちんと踏めば、お互いがとてつもなく幸福になるのだと、二人はゆっくりと解り合いました。

 本当の愛とは。お前は俺のものだ、と言って支配するものではなく、私はあなたのものです、と相手に自分を捧げるものなのだ、と黒の騎士は気が付きました。赤の騎士が自分を同じ熱量だけ愛してくれなくともいいのです。ただ、黒の騎士が愛しているのは赤の騎士で、それを赤の騎士が知ってくれている。それだけで、いいのです。

 閨で、赤の騎士は黒の騎士に、自分の名前を教えてくれました。

 そして、「貴方だけがこの名を知っていてくださればいい」と恥じらいながら囁いてくれました。

 黒の騎士はそれだけでとても、満たされた気分になったのです。

 十日と少しばかり過ぎた頃、黒の騎士は王様にお城に呼び出されました。黒の騎士は赤の騎士を家に置いてお城にいくことにしました。お城には王子がおりますから、赤の騎士が嫌な思いをすると思ったのです。

 黒の騎士がお城について、王様を尋ねますと王様は不機嫌な顔で黒の騎士を迎えました。そして挨拶もそこそこにこう言いました。

「どうしてまだ、あの蛮族の男を生かしておくのだね?」

 黒の騎士は少し間をおいてから答えました。

「それはまだ、虐め足りないからです。もう少し苦しめようと思っております」
「では、王子にあの男を譲りたまえ」
「なんですって」
「嘆かわしい事に、あんな蛮族の男を抱いたと息子が言ったのだ。私はあの男を八つ裂きにしようと思ったが、王子は青の国の大将の首をいとも簡単にとったのだ。王子の力を利用しない手はないだろう。王子は赤い騎士がいたくお気に入りのようで、なにかをするとご褒美をくれるのなら、あの男が欲しいと私に言ってきたのだ。だから、私は隣の薄紅の国の王の首をとってこいと言ったのだ。そうすれば赤い騎士を褒美にやろうとそう約束したのだ。だから、明日にはあの薄汚い男を城へもってくるがいい」

 と、王様はなんでもないことのように言うのです。

 黒の騎士は心の内で大変慌てましたが、そんなことはおくびにも出さず、王様に言いました。

「お言葉を返すようですが王様。あの男は私が王様に褒美としていただいたものです。それを王子が欲しいからと言って簡単に私から奪うのは大変に心外です。私の誇りを傷つけるのですか」
「私はお前にもひどく怒っているのだぞ、黒の騎士。お前があんな男を面白半分に城の中庭なんかで犯すから、面白がって王子までもがそんな汚らわしい遊びを覚えてしまったではないか。私がそれを知ったのは、青の国の大将の首を王子がとったと聞いて褒めていた時、王子がまるで自慢のように「褒美に赤の騎士におちんちんを入れました。とっても気持ちがよくって、幸せな気持ちになりました。お父様、僕は赤の騎士が欲しいのです。どうしたら赤の騎士がもらえますか」と無邪気に言ったのだ。お妃は心を痛めて寝込んでしまったではないか。どうせ後は処刑するだけの罪人だ。王子が飽きるまで貸しておやりなさい。別に不都合はなにもあるまい?」

 そう、王様は事も無げに言うのでした。

 黒の騎士はそれ以上は何も言えずに城から帰りました。家に帰ると赤の騎士が黒の騎士の帰りを待っていてくれました。

「お帰りなさい」

 そう言って、迎えてくれる人のいる家がどれだけ素敵な場所なのか。黒の騎士がそう痛感していると、なにかを感じ取ったのか、不安気な顔で赤の騎士が尋ねます。

「お城でなにかあったのでしょうか」
「うん……、王子があなたを欲しいと王様にねだったのだ。薄紅の国の王の首を取ってくれば、あなたをくれてやると王様が勝手な約束をしてしまったのだよ」
「そうですか、それでは仕方がありません。その時は私を王子に渡すべきでしょう」
「何を言うのだ、私があなたを他の男に渡すとお思いか」
「私なんかの為に王様の機嫌を損ねるようなことをしてはいけません。貴方はまだ若いのだし、まだ他の人と恋ができます。私を愛してくれて、ありがとう」

 そんなことを穏やかな顔で赤い騎士がいうものですから、黒の騎士は子供のように泣きじゃくってしまいました。

「貴方は生に頓着がなさすぎます。いつも他人や他の事に気を取られて、自分などとっくに死んでいるように扱うのはどうしてですか。あんまりにも悲しいではありませんか」
「そんなことはありませんが。私は人を殺めすぎました。国の為とは言え、数えきれない人を殺しました。そんな私が今更自分だけ、死にたくないとは言えません」
「ああ、なんということだ。私は貴方一人だけ死なせたくないというのに」

 黒の騎士はひとしきり泣いた後、赤の騎士に抱きしめられながらこう決意しました。

(赤の騎士を逃がそう)

 この国にいる限り、赤の騎士は囚人です。いつ王様から首をはねろと言われるか解りませんし、近日中には無邪気だけれども恐ろしい王子の元へ行かなければならないのです。

 もはや愛する人をここへ置いておくわけには行きません。

 黒の騎士は言いました。

「赤の騎士、どうか逃げてください。私の為にも逃げてください」
「そんなことをすれば貴方にも咎が行くかもしれない」
「いいえ、いいえ。私なら大丈夫です。貴方がご自分の故郷へ帰れないというのなら、知り合いが近くの国に住んでいるのでそこに隠れて下さい。私は貴方が子供のきまぐれに弄ばれるのが我慢ならないのです。さあ、すぐに支度をいたしましょう」

 そう言って赤の騎士を急かす黒の騎士は気が付いておりません。黒の騎士の家の外で怪しい男が二人の会話を聞いているのを。

 それは白の国の大臣の家来でした。

 大臣は若くていばっている黒の騎士が大嫌いでしたし、自分と違う髪や目の色をした人間も大嫌いでした。赤の騎士がお城の中で黒の騎士を待っているのを見ているのも、不愉快でなりませんでした。早く処刑したくてたまらなかったのです。そして王子が赤の騎士を欲しがっていると黒の騎士に王様が告げた時に大臣はそばにおりました。

 そして口ごもる黒の騎士になにかを感じて忠実な家来を一人、黒の騎士を尾けるように申し付けていたのでした。

 その夜の事です。

 黒の騎士は赤の騎士を連れて王都のはずれまで来ました。そこは小さな森の入り口です。ここを抜ければ隣国まで一本道なのでした。そして友人への紹介状を持たせて黒の騎士は赤の騎士にこう言いました。

「いいですか、ほとぼりがさめたら私はあなたに会いに行きます。それまでどうか、辛抱をしてください。必ず迎えに行きますから」
「しかし私はあなたが心配です。こんなことが他に知れたらあなたが危険な目にあってしまいます」
「では私に愛する人をあの王子に引き渡せと言うのですか?そんなことをするくらいなら、私は喜んで死を選びましょう。どうぞ、お気をつけて」

 そう言って黒の騎士は赤の騎士の額に優しくキスをしてお別れを言いました。

 赤の騎士は黒の騎士を心から愛することはできなかったけれど、もしかしたら次に会う時は愛せるかもしれない、と思いました。

 黒い騎士が改心してからの暮らしはとても短い間の事でしたが、赤い騎士には彼が本当はとても気持ちの優しい男で、だけれども生い立ちや暮らしの中では人を愛することを学べなかった男なのだと知りました。

 赤の騎士は黒の騎士と別れた後、夜の森を駆けました。長い間そんなに走ったことはない、と言うほどに道を駆けます。光は夜の空に輝く月や星だけです。一本道はずっと続いていて、だけれども希望の道に見えました。まっすぐ行くと段々と道が開けてきます。そして大きな大きな隣国の門が見えてきます。もっと近づくと松明の光が見えます。沢山走ったので息は切れているけれど、心の中は安堵に満たされます。もう少しで囚人から自由になれるのです。明日、という希望が見えるのです。

 ようやく大きな門にたどり着き、ほっ、と一息つくと赤の騎士は門番の男達に言いました。

「知り合いに会いに来たのです。どうか、そうか門を開けていただけませんか」
「ほう、そうかい。そんなに開けて欲しいのならそうしてやろう」

 そう言って門番たちはにやりと笑って大きな門を開けました。

 すると門が開いたその先には、怒った顔の王子と白の国の王様、それに大臣が率いる沢山の兵隊がいたのです。

 白の国の大臣が、喜色満面の表情で王様に言いました。

「どうです、王様。私の言った通りでしょう? あの黒の騎士の若造は、裏切り者です、スパイです。赤の騎士をお城の中に連れ込んでいたのは敵にお城の攻め入りそうな場所を見せていたからなのです」
「うむ、大臣よ。とても残念だが、それが真実のようだな。皆の者、その蛮族の男を捕らえよ」
「お父様、僕が彼を貰ってもいいでしょう?僕はご褒美をもらうんだ」
「もちろんだとも、可愛い子。だけれどもきちんと首輪をかけて、逃げないようにするのだよ」
「うん、僕は赤の騎士が大好きだもの。赤の騎士はどうだか解らないけれど」

 そう言って、じろりと赤の騎士を王子は睨むのでした。

 赤の騎士は、頭を横に振りました。それから、言いました。

「王子。あなたが私をそばに置こうが、私はあなたを愛せない。私は……黒の騎士を愛しているのです」
「そんなことは嘘だ!」
「あなたは私が嘘をついているか、すぐに解るでしょう。……王子。私は嘘をついていますか?」

 そう言って赤の騎士は静かに王子を見つめました。王子は悲し気に首を振りました。赤の騎士は続けて言うのです。

「幼い王子。あなたは可哀そうな人だ。大きな力を持って生まれたばかりに、心が伴わないままに体が大きくなってしまって……。人はもっと長い時間をかけて成長をするのです。私は貴方が好きだけれど、愛することはできません」
「どうして? 僕が幼いから? 黒の騎士よりも、若いから? なら成長するよ、そうすればいいのだろう? 僕は……君が好き。だから君も僕を好きになって。それって、とっても簡単な事だろう?」
「王子……」

 赤の騎士は悲し気に王子をいさめますが、その気持ちは王子には伝わりません。彼は人が自分に嘘をついているかは解りますが、それ以外はなにも解らないのです。

 緑の精霊王の力の一部、雫の形をしたなにかの種。それが人間と同じ肉体を持ってしまったが為に、王子はただの弱い人間の気持ちが解りません。

 みるみるうちに王子はまた、姿を変えます。

 もっと大きく、もっと強く。

 そうすれば、きっと赤の騎士は王子を好きになってくれる。そう、確信したのです。
 
 王子の手指は長く、背丈は赤の騎士より少し高く、緑の美しい髪は腰まで伸び、少年の目をしたどことなく愛くるしい顔は女と男の垣根を超えた、美しい造形をしていました。

 そして自分の姿を簡単に変えた王子は、ほら、どうだい。と先刻よりも低く、甘い大人の声で囁くのです。しかし、その声を聞いた途端に赤の騎士の眉間に皺が寄りました。

「ほら、どうだい。これならば私を好きになってくれるでしょう?」
「王子……、その声は」
「【そら、立てでくのぼう】……ふふふ、黒の騎士の声にそっくりでしょう? これなら、君も満足がいくでしょう」
「そんな、残酷な。ならば黒の騎士は」
「さあ、僕は知らないけれど、今頃は白の国で捕らわれているころだと大臣が言っていたよ、そうでしょう?」
「ええ、その通りです。ああ、王子。一層お美しくなられて……その声はどうも私は好きじゃ、ありませんが。では、国へ帰ったら捕まえた黒の騎士めはさっそく、ギロチン台にかけましょう。王様」
「そうだな、それがよい。早い所、大きな広場で黒の騎士を処刑しよう」

 狼狽している赤の騎士の体に王子の指が、手が、腕が、胸が触れます。赤の騎士は自分よりも若く、美しく、恐ろしい何かに抱きしめられます。

 その周りで黒の騎士と同族であるはずの男達がまるで清潔な街にさまよいこんだ病気の不潔な野良犬を殺すような心持ちであの青年を死刑にする話を進めていくのです。

 自分が望んでいたギロチン台にあの心の優しい青年が送られて、自分が死なない理由なんて、どこにもないはずです。

 赤の騎士は懇願しました。
 どうか、私を彼の代わりに処刑してください。悲痛な声で黒の騎士の命乞いをするたびに、ますます王様や大臣たちの目つきは怖くなり、やっぱりあやつはスパイだった、国賊であったという確信に繋がるという矛盾がまた、赤の騎士を苦しめました。


 その日、赤の騎士は王様や王子と一緒に希望を乗せて走った一本道の森を白の国に向かって進みました。今度は手に縄を駆けられて、王子の腕の中、馬に乗せられて揺られて帰りました。王子は懸命に黒の騎士と同じ声で軽快に何度も囁きます。

「愛しているよ、赤の騎士」

 だけれども、本当の黒の騎士はそんな声音で愛の言葉を言いません。愛している、と言う時に赤の騎士とは言いません。引き絞るような、切ない声で彼は赤の騎士の耳元でこう言います。

「愛して……います」

 そして、赤の騎士の本当の名前を何度も何度も、音に出さないで。息を吐く音だけで名前を呟くのです。

 どうして音をつけないのか、と聞くと。

「私の声で貴方の御名が汚れてしまう気がして。どうか、臆病な私を許してください。愚かな私を見捨てないでください」

 と自分の行為が赤の騎士の期に触ったと勘違いして、黒の騎士は許しを請います。そんな青年をどうして嫌いになれるでしょうか。


 赤の騎士は夜道、王子に体を包まれながら黒の騎士の事を思いました。

 王子が赤の騎士の項を戯れに口づけ、服の中に手を差し込み、体を撫で回します。

 赤の騎士と黒の騎士が、別れる前に離れることを惜しみ、何度も何度も黒の騎士が愛した体を無遠慮に王子が触れるのですが、赤い騎士の脳裏にあったのは、その体に刻まれた赤い印の、黒い騎士の接吻の、数々の、一つ一つの経緯でした。胸の飾りを吸いながら、老いた体を厭う事なく、黒の騎士は赤い騎士を抱きました。

 何度も何度も抱きました。

 別れたくないと囁きながら吐息を漏らす黒い騎士と、私を離さないで、と祈る赤い騎士とがどんな思いでお互いを求めあったか、若く、幼い王子には解らないでしょう。

 赤の騎士がそれでも真実黒の騎士を愛せるか迷っているという真実は、いかに愛という物がとても難解で人間の感情がいかに複雑かという事実を現わしているのです。

 体を繋げるだけで人が人を愛せるならば、なんと嬉しい事でしょう。

 だけれどもそれは叶わないのです。

 お城に帰った王子は、赤の騎士の服をを柔らかい寝台の上、明るい灯りの中で全て剥ぎました。

 そして、自分の愛しい人の体に赤い刻印が無数に散らばっているのを見つけて低く唸り、吼えました。

「なんと醜い痕なのだろう、御可哀そうに。私がすぐにでも消し去ってあげよう。大丈夫、これくらいの怪我ならば、すぐにでも治せるよ」
「いいえ、いいえ、これは大丈夫です。王子、これを消してしまわないでください。どうか、お願いです」
「どうしてなのです、これはあの男がつけた傷ですよ」
「いいえ、これは私と彼が繋がった証です。どうか、この赤い色が消えるまで、そっとしておいてください」

 そう赤の騎士が言い終わらないうちに王子は愛する人の口を大きな手で塞いでしまいました。そして体を寝台に押さえつけて、無理やり、赤の騎士の体を治癒しました。赤の騎士の体が緑の光に包まれたかと思うと、赤い、ほのかな印が薄くなります。誰かが体に刻み込んだ、愛の印が失せて行きます。赤の騎士の喉奥から悲鳴が漏れましたが、王子は治癒をやり遂げるまで、決して離れようとはしませんでした。そしてすっかり赤の騎士の体から色を消してしまうと、今度は自分の晩だとばかりに、首筋から順に唇を添わせ、強く、吸います。するとまた、赤の騎士の体に赤い刻印が現れるのでした。

「そら、同じだ」

 嬉し気に王子が言います。印をつけながら、赤の騎士の秘部に指を入れて、かき回します。

 王子がすっかり赤の騎士の体に赤い色を刻み込んだ時には、朝になっていました。赤の騎士を何度抱いたか解りません。前の体よりも、大きくなったその体についている性器ときたら。

 まるで違う生き物の様です。

 それを赤の騎士の潤んだ穴に差し込むと、うんと馴染むのです。自分の性器にまとわりつく肉壁は物言わぬ赤の騎士の代わりに王子に愛を囁くかのようでした。

 夢中になって王子は初めて自分が好きになった人を存分に味わいます。

 朝があけ、昼が過ぎ、夜が訪れて、また朝がやってくるころ、王子はぐったりとした赤の騎士の体を清め、服を着せてやりました。

 今日は大切な用事があるからです。

 王子に体を常に揺さぶられ、声も枯れ、疲労し、目も開けていられぬほどの赤の騎士を抱きかかえ、美しい王子はお城を出ました。

 すると大勢の人々がお城のすぐそばにある大きな広場に集まっていました。

 その広場が上から見られるように、王族や貴族達の為にあつらえた即席の席があります。なにかを鑑賞するためでしょうか。少し斜めに傾いておりました。

 すでに王子以外の王様や大臣たちは揃っておりました。民衆は王様たちに背を向けて、広場の真ん中にある、粗末な木の舞台を見つめています。そこには長く使われて、黒ずんだギロチン台が備え付けられていました。観客たちは今か今かと待っています。心のない人のなかには、早く楽しませろ、と大声をあげる人もいます。また、ギロチン台の近くには、白い布を持った女達がいて、それは、罪人の血を吸った布切れを持っていると、自分の罪を吸ってくれるという迷信を信じている者へ少しばかりの金銭で血を吸った端切れを売りつける行商の女達でした。

「皆の者!」

 と、王様が声を張り上げました。

「これから処刑を行う。その罪人は、黒の騎士と呼ばれていたが本当は国を裏切ったスパイだったのだ。そんな男はギロチン台にかけられるのだ!いいか、愚かな男の最後をよく覚えておくがいい!」

 そう、王様は宣言しました。その声に、赤の騎士は目を見開きます。

 広場の真ん中に彼がいました。

 豊かな黒髪を長く伸ばした若い美丈夫です。粗末な麻の服を着せられて、後ろ手に両手を戒められていました。

「なにか言い残したいことはあるか」

 死刑執行人が黒の騎士に言いました。


 彼は首を振りながら、ふと、赤の騎士を見ました。そして、声に出さないで、息の音だけでなにかを囁きました。

 その意味が解ったのは、赤の騎士だけです。他の誰も、黒の騎士が何を言ったのか解りませんでした。

 囁く黒い騎士の顔に麻の袋がかけられます。そしてギロチン台に彼はかけられます。ひざまずかされて、首を固定されます。

「はじめ!」

 王様の声が響いた瞬間に、重い音が広場に響きました。

 赤い血が、広場の石畳を汚します。

 黒い騎士の最後はそんなものでした。若い男の死は、あっけないものでした。

 赤の騎士はどうして自分が生き残り、彼がギロチン台にかけられて首と体を分けられているのか、さっぱりわからないまま、王子に抱きかかえられていました。

 王子は黒の騎士の声で言います。

「さあ、これで君の心残りも消えたろう?次は僕を愛する番だ」

 それを聞いて、赤の騎士は首を横に振るのです。

「愛するということは、順番なんかではないのですよ」
「どうして?」
「王子はどうして私の事なんか好きになるのですか」
「君は嘘をつかないし、隣にいるとあたたかな日差しの中でひなたぼっこをしているような、そんな気分になるんだよ。だから……君が好き」
「それは愛とはきっと言わない、少なくとも私はそうは思わない」
「そうなの……?では君は僕の傍にいて、どんな気分になるの?」

 そう王子が聞くと、赤の騎士は。

 見つめ合っているはずの王子を見ずに、見えない誰かを見ているような目つきをして言いました。

「王子に手折られた、花の気分です。土から離れ、花瓶に活けられてただ枯れるのを待つ花です」

 その目付きのぞっ、とすること。

 死を望む男の額に王子は恭しく口づけました。

「そんな花も、僕にかかれば死ぬことはない。何度でも、花を咲かせてみせるよ」
「王子。水に浮かべられたまま生き続ける花はきっと死を望みます。土も光もない場所で、何を楽しみに生きればいいのでしょう」
「僕に愛でられることだろう?それこそが天上の喜びだ。」

 そう言って王子は一人の男が近くで首をはねられて死んだ、新鮮な血の匂いのする広場で赤の騎士に口づけをしました。

 それも口内に舌を入れる艶めかしい口づけです。舌を吸い、かじり、くちゅくちゅと音を立てて、夜の閨で楽しむ口づけです。それは決して人前でするような口づけではありませんでした。


 それをみんなが見ていました。そして顔をしかめました。ある人は王子が蛮族に口づけていると言い、ある人は王子が男に口づけていると言い。ひそひそ声の噂話が広場に満ちました。それを王様や大臣が見聞きしていました。王様がごほん、と咳払いをして言いました。

「ときに王子よ。お前はもう一人前だと言っても良いだろう」
「うん、そうだよ。僕はもう立派な大人になった」
「そうならお妃を娶らねばなるまい」
「僕はいいや。だって赤の騎士がいるのだから、他の人はいらないや」
「それは駄目だ」
「どうして?」
「なぜならそやつめは女ではないからだ」
「女ではないとどうして駄目なの?」


 と、立派な男性の姿をした王子が首を傾げます。そこで王様は思い出します。王子がまだ四歳の子供だという事に。

 だけれども、王子は緑の精霊王の一部です。成長が早いのはそのせいだと思う事にしました。そしてそれが当たり前なのだ、と思いました。だから、体が成長したのなら、もう大人と扱うべきだと考えてお城に帰った王様は、国で一番の可愛らしいと評判の娘を王子に合わせました。その子はとても愛らしく、万人の男がお嫁さんにしたいというようなお嬢さんでした。

 そして王子の前で娘のスカートをたくし上げて、王様は言いました。

「王子や、見てごらん。女という物は子供を産める体を持っているのだ。だからお前はこの子をお嫁さんに迎えなさい。とても可愛い娘だろう?」

 そう言うと、王子は不機嫌そうに言いました。

「嫌だよ、僕は赤の騎士をお嫁さんにするんだ」
「なにを言っているんだね。あの男に子供を産むことなんてできないんだよ」

 王様が馬鹿にしたようにそう言うと、王子はぎらりと睨みつけ、ずかずかと歩いて可愛い娘の前に立ち、優しく尋ねました。

「女の体って、どうなっているの? 少し見せてくれないかい?」

 そう言って笑う王子様の美しいお顔と言ったらありません。娘さんは頬を染めて、頷きました。

 王様は安心しました。王子が女の体に興味を持ったと思ったからです。娘は部屋のソファーに座り、その前で王子はひざまずきました。そして恥ずかし気に目を伏せている娘さんの下着をそろそろ……と下ろして、生まれて初めて女のあそこを見ました。王子は真剣な表情であそこを見つめました。それからおもむろにあそこを広げてじろじろと興味深げに観察しました。
一方の娘もまんざらではありません。なぜならこの世のものではないほど美しい男が自分の前にひざまずき、息がかかるほど近くで性器を見つめている様は、恥ずかしくもあり、これから処女を捧げるのだ、と覚悟を覚える場面でもあり。娘は王子と結ばれるのだ、と確信しました。その確信はもちろん当たるのですが、娘さんの思惑とはまるでほど遠いものでした。

「中に指を入れてもいいかい?」
「え、でも王様が」
「すぐに終わるから」

 そう言うなり王子は娘さんのあそこにずぶりと無遠慮に指を差し込みました。

 そして確かめるようにあちこち指を動かしてから、安心したように言いました。

「なあんだ、これなら赤の騎士に、お前をくっつけても問題ないや」

 そう言って屈託のない顔で笑う王子を見たお嬢さんは、笑顔で何が問題ないのか尋ねようとしましたが、何かに気づいて叫びました。娘の足が先から徐々に、緑色の葉に変化しているのです。
指をさしこんだあそこ、の周りから徐々に娘がしぼんで白くなります。異常に気が付いた王様が近づいた時には、娘は王子の手のひらに乗っている白いユリになっていました。王様は震えながら王子に言いました。

「王子や、なんということをするんだね。いますぐ娘を元に戻しなさい」
「これは赤の騎士にくっつけるんだ」
「なんだって」
「彼が子供が産めればいいのだろう?」

 そう言って王子は、可憐なユリの花に軽い口づけをしました。

 王様は思い出しました。

 王子は恐ろしい力をもっていたのです。それは全てを、植物に変えてしまう力です。そしてそのユリの花を右手に握って、王子は赤の騎士の元へと意気揚々と帰ってきました。そして可憐な百合の花を差し出しながら言うのでした。


「赤の騎士、僕のお嫁さんになってよ。そして、この国の繁栄を二人で見届けよう」

 赤の騎士は困惑しました。男同士で結婚など出来るはずがありません。なにを言っているのですか、と言おうとした時です。目の前のユリがひとりでに震え、花弁の中から、ぽろり、と雫が一つ落ちました。
 その雫はあたたかくて、まるで誰かの涙の様でした。驚いた赤の騎士が王子の顔を見ると、王子はにっこりと微笑みました。

「これかい? これは【女の体】だ。若い娘の体を君にくっつけるんだ。そうしたら、君は女の体になるから、子供が産めるだろう?」
「……王子は何を言っているのかお解りですか?」
「解っているつもりだけれど?僕はなにか変な事を言ったかい?」
「……解らないでしょう、解らないでしょうね。なぜなら、あなたは人ではない。そんなことを簡単に言えるようなものが、人であってはいけないのだ!いいですか、私はあなたと結婚する気はありません。今すぐ!娘を人の姿に戻すのです!」

 赤の騎士は初めて王子に怒鳴りました。

 きょとん、とする王子に赤の騎士は続けます。

「あなたは人間をなんだと思っているんだ。人を弄ぶような力を平気で使う男など、王になど決してなってはいけない! あなたは……あなたは間違っている! いいですか、ここは人の住まう国なんだ、こんな外道をして許されるとお思いか!」
「……どうしてそんなに僕が怒られなくてはならないの? だって、僕は君がいいんだもの。王様が君じゃない人と結婚しろ、だなんていうものだから……僕は悪い事なんか、していない……していないんだ。それが、どうして怒られなきゃいけないんだ!」

 王子はだんだんと、怒りが湧いてきました。だって、ちっとも悪い事なんかしていないつもりなんですもの。

 頭ごなしに怒る赤の騎士の為に、【女の体】を手に入れてきたと言うのに。王子は怖い顔をしている赤の騎士を引きずり倒して、ズボンを剝ぎました。そして、言いました。

「お前だって、人を沢山殺したじゃないか」

 赤の騎士の目が見開きました。

「どうして一人、国の繁栄の為に犠牲になったくらいでそんなに君が怒るんだ?目の前で犠牲になったから? だから黒の騎士の時もあんなに悲しんだのかい? 本当はもっと、もっと、そのお前の手で沢山人を殺しているじゃないか。僕はちゃあんと知っているんだぞ」

 そう言うと、小さな悲鳴を上げて赤の騎士が王子から這い出しました。そしてやめろ、と言いながら後ずさりしながら部屋を出ます。

 下半身を隠さないまま、飛び出します。それを王子が追いかけます。そして赤の騎士に酷い言葉を投げかけながら、あざ笑うのです。

「お前は、嘘つきだ! 言葉では嘘をつかないけれど、正体はうそつきの、ひとごろしじゃないか!」
「やめろ、」
「僕と、何が違うの? 欲しい物は手に入れてはいけないの? お前は人が嫌がる事を、ただの一度もしたことがないのかい? 自分がとっても大好きなのに、人が嫌がるから、やめておこうと、全てそう思ったの? ねえ、答えてよ僕の愛しい人。僕は嘘は嫌いだけれど、別に悪い事を憎むようなやつじゃない。君がもし、人に言えないようなことをしたとしても、正直言ったなら、僕は君を愛せるんだ。これって、素晴らしいことじゃないかい?」
「やめてくれ、こないでくれ、その声で、いわないでくれ!」

 赤の騎士は両手で顔を覆いながら、逃げだします。

 自分の手が何をしたか、戦場でどれだけの人を殺したか。そんなことは誰に言われなくても解っていました。愛する人や祖国の為に戦場へ行く。そういう言葉を使った時から、人を殺すのが楽になったのも知っていました。

 赤の騎士は人殺しです。

 王子のように、元々人ならざるものが人間を弄ぶほうが、よほど、もっともらしい言い訳がきくでしょう。

 だけれども、赤の騎士はそうではありません。赤の騎士は、人として、人を沢山殺したのです。

 この国で唯一の友だと思っていた王子の面影の青年が、この国で愛した男の声で自分をなじる。

 まるで二人の男に自分の悪行をせめられているような気分に耐えることができなかったのです。まともでいるためには、逃げだすしかなかったのです。

 王子は悲鳴をあげて逃げる赤の騎士の姿が面白くて、ついなじってしまったのです。鼻歌さえ歌いながら、王子はとうとう赤の騎士をお城の中庭に追い詰めたのです。赤の騎士はそこで、王子に捕まってしまいました。王子は、可哀そうに涙を流して自分の犯した罪を後悔している赤の騎士にはいつもよりうん、と優しくしてやろうという気さえ起こしたのです。だから耳元で囁きました。

「大丈夫さ。どんなに君が罪深いとしても誰にも君を裁かせやしないよ」

 すると力なく赤の騎士は答えました。

「裁いてくれたほうがどれだけ私の救いになるか、貴方は解らないのでしょうね」
「解らないよ、解らない。君は良いとか悪いとかいうけれど。僕は何が良くって、何が悪いか。解らないよ。でも、たった一つだけ、君をとっても好きってことだけが僕の心の灯なんだよ。だから、君は僕のものだ」


 そう言って王子は赤の騎士を土の上に寝かせると、右手に握っていた可憐なユリの花の茎や葉をむしって花だけその手に握り、赤の騎士の陰茎をそっ、と持ち上げました。そして女性の割れ目ができてもいいような平らな部分に、ずぶり。とユリの花を突き刺したのです。本来ユリの花なんか、人間の皮膚に突き刺さる訳がありません。それでもその時はずぶり。と赤の騎士の肌にユリは埋まってしまいました。しかし、割れ目は出来ています。王子が無遠慮に出来たてのその割れ目に指を入れてみると、そこは今日見たばかり物と寸分違わぬ女性器が出来ていました。それを赤の騎士に告げるのに言葉なんかいりませんでした。

 ただ、王子の指が、赤の騎士に自分の体に新しい性器が生まれたのを教えたのでした。

 その時の王子が見た赤の騎士の顔は。

 王子に対する畏怖が多分に混じった表情を浮かべていました。

 そして王子から逃げようと体をよじり、自分の新しく出来た性器から早く王子の指を抜こうと必死にもがきます。

 けれども王子の指ははもっと体を深く味わおうとばかりに、ぐぐぐ、と奥へと潜り込んでいきます。

「ねえ、赤の騎士。君の体に女が出来たよ。君は僕の赤ちゃんが産めるんだ。だから、お嫁さんになってくれるよね?」
「私はあなたの子供など、産みたくはない!」
「どうして?どうして嫌なの?」
「あなたが嫌いだからだ!」

 赤の騎士が叫びました。

 その言葉は王子を怒りに狂わせるのに十分なものでした。

 王子は無言で赤の騎士を殴りつけました。それから素早く馬乗りになって、ズボンから男性器を取り出します。それに気が付いた赤の騎士はもう、王子に遠慮などなく無我夢中で王子を振り落とし、中庭を駆けます。

「嫌いだ!」

 赤の騎士が笑いながら言います。

「お前なんか嫌いだ! お前が私を好きになんかならなければ、黒の騎士は死なずに済んだ! お前が、お前がいなければ、私は黒の騎士を愛さずにすんだのに! 惨めに殺されれば、私は良かったのに!」

「嫌いだ!」

 王子は負けじと怒鳴り返します。

「僕だってお前なんか嫌いだ! お前が僕を好きだって言えば簡単なのに! どうして僕が望むことをしてくれないの!」

 そうして、赤の騎士は答えるのです。

「お前の望むことなんか、してやるもんか!」

 それを聞いた王子は言いました。

「お前の望むことなんか、してやるもんか!」

 そして王子は中庭を駆けていこうとする赤の騎士を指さしました。すると緑の蔦が赤の騎士の足元からシュルシュルと生え、赤の騎士を捕らえ、全身を這い、身動きがとれないように巻き付きました。

 王子はゆっくりと赤の騎士に歩み寄り、一言も交わさずに、自分の性器を握りしめ、もう片方の手で赤の騎士の女性器を無理やり開くと、彼の顔を睨みつけたまま、犯しました。

 初めての挿入の為なのか、狭く、きつい感触でした。赤の騎士も唇を噛みしめながら、王子を睨みます。憎しみ合います。何の為なのかは解りません。

 ただ、お互いがお互いを憎んだ方がいいと思ったのです。

 そのまま王子は赤の騎士の膣に挿入したまま、腰を動かしました。蔦に絡まって身動きのとれない赤の騎士の腰を掴んで乱暴に犯しました。赤の騎士はちっとも気持ちよさそうではありません。なぜだか挿入した性器に血がつきました。

「ねえ、赤の騎士。お前のあそこから血が、出ている。怪我をしたの?」

 不意に王子が赤の騎士に聞きました。歯を食いしばりながら赤の騎士は王子を睨みました。そこで王子は頭に血が昇って、好き勝手に腰を打ち付けました。子供をどう作るかは知らなかったけれど、多分これでいいと思ったのです。しばらくすると快感が波に乗ってきて、とうとう王子は赤の騎士の中で精を吐き出しました。その時初めて、赤の騎士が悲鳴を上げました。そして蔦にからまった手をどうにかして自分の膣の中に入れようとして、もがくのです。王子の精液を掻きだそうとする仕草に王子は笑いながら赤の騎士の膣に指を二本入れて、己の精液がまんべんなく体の中に入っていくように、丁寧に丁寧に上下に動かします。

「やめろ、やめてくれ、掻きだしてくれ」
「ねえ、赤の騎士。もし、子供が生まれたら。君と僕、どちらに似ているかしら」
「嫌だ、子供なんて産みたくない、私はそんなこと、したくない。お前と一緒になんか生きたくない!」
「ははは、もう遅いよ。僕はお前を選んだんだ。この、僕が。いいかい、これからお父様とお母さまに君との結婚式の段取りを伝えてくるから大人しく待っているんだよ」
「死にたい」
「……おあいにくさま」

 死にたい、と言ってぽろぽろとこぼす赤の騎士の口に王子は蔦を噛ませました。舌を噛んでもらっては困るからです。まるで中庭のオブジェのようになった赤の騎士を置きざりにして軽やかに王子はお城に戻りました。向かう先は大好きなお母様とお父様の元です。

 お妃は最近体の具合がすぐれなくて、よくベッドで寝てばかりです。人間は弱い、と王子は思いました。お妃の部屋を尋ねると、お妃は起きていました。そして、王子の顔を見るなり悲しい顔をしました。そばには王様がおりました。きっと、赤の騎士にくっつけた、娘の話を聞いたのでしょう。先ほどの赤の騎士の眼差しによく似ている、と王子は思いました。

「お母さま、お加減はいかがですか」
「ええ、今日はまだましなの、ありがとう心配してくれて」
「お父様、聞いてください。赤の騎士はきちんと女にもなれましたよ。だから、赤の騎士と結婚してもよいでしょう?僕、お嫁さんが欲しいんだ。結婚して子供を作るんだ。それが、国の繁栄とやらに繋がるんだよね? 僕は正しい。そうでしょう、お父様」
「うむ、うむ。そうだな。お前は正しい。……時に王子や。お前は嫁が欲しいと言ったかね」
「はい。僕はお嫁さんが欲しいです」
「そうか、それなら条件がある。お前が三つの国を滅ぼしたなら、この国は安泰になる。お前のおかげで青の国も、薄紅の国も、白の国のものになった。あと、三つ、国を滅ぼしたら、白の国は安泰だ」
「へえ、そうなの。なら、僕。三つの国を滅ぼしに行ってきます。そうしたら、いいんですね。約束してくれるんですね」
「もちろんだとも」

 王様の無茶な要求にも顔色一つ変えずに平気な様子の王子に、王様は青い顔で頷きました。

 では、いってきます。まるでどこかに散歩をするような口ぶりで王子はでかけようとします。それをお妃が少し引き留めました。

 本当は、お妃は王子がとても怖い存在に見えて仕方ありませんでした。

 ほんの少し前まで額にキスをしあった愛しい我が子の筈なのに。

 今ここにいる、死人の声を持った美しい男は一体誰なのか。と思いながらも言いました。

「ねえ、私の可愛い子」
「なあに、お母さま」
「もっと、ゆっくり成長してよかったのよ」
「それは駄目だったよ、お母さま。だって、この世界はとっても面白いんだもの。ゆっくり成長なんかしてたら、置いて行かれちゃうんだ。じゃあ、いってきます」

 くすくす、と笑って王子はぱちん、と指を鳴らしました。そうすると王子が白い小鳥になりました。そうしてパタパタとどこかに飛んでいきました。

 その日、王様と大臣とお妃さま、それに大勢の家臣達が王子の事について、相談しました。

 赤の騎士となんか結婚などさせない、と王様は顔を険しくして言います。

 するとずるがしこい大臣が言いました。

「王様。良い考えがあります。お嫁さんが欲しいと王子は言ったのですね。そして王様はそれなら国を三つを滅ぼせばいいだろう、とおっしゃったのですね」
「ああ、そうだとも」
「それなら、赤の騎士と結婚させるとはなに一つ言っていないではありませんか。王子は嘘はお嫌いですが、王は嘘はついていない」
「しかし、あれは平気で一人の娘をユリに変えて、なにも思わぬ化け物だ。そんな化け物に嫁ぐ娘などいるものか……」
「そんなこと、いくら王子だって自分のお嫁さんなら危害をくわえますまい」
「それでは赤の騎士はどうするかね。あの中庭にいるあの男は」
「あんな汚らわしい男は殺したいと思いますが、処分は王子にお妃を見繕ってからでもいいでしょう。だが、あんなものは見たくもない。中庭の入り口に鉄の扉で塞ぎましょう」
「そうだ、見たくないものは塞げばいい、塞げば、いい」

 王様や家臣たちは賛成しました。

 お妃さまはいつまでも後悔だけを心に残してはらはらと泣くばかりでした。

 中庭には蔦に絡まった赤の騎士が残されておりました。

 顔は俯いていてわかりません、ただ、扉がとりつけられるカツーンカツーン、と言う鈍い音を、彼はどんな風に聞いていたのでしょう。

 そして、彼の新しくできた膣の中から、なにかが滑り落ちていき、彼の周りになにかが撒き散らされていったのを、誰も気付きませんでした。


 彼はお城の中庭に取り残されていました。


 それから、十日の間が過ぎてから王子が帰ってきました。

 王子は三つの国の破壊と滅亡を望みました。

 ただ自分の願いを叶える為に沢山の人と街を、国を物言わぬ草花にしました。なにも思いませんでした。なにを思えと言うのでしょう。

 だって、王子は赤の騎士以外の人間になにも感じることができないのですから。


 王子は三つの国を十日で滅ぼしたのです。


 そして十日後、帰ってきた王子は喜色満面で王様に言いました。

「ねえ、ご褒美をおくれよ。僕はきちんと約束を果たしたんだ」

 王様はぎごちない笑顔で王子を迎え、言いました。

「ああ、もちろんだとも。さあ、こちらだよ」

 そう言って王様は王子の手招きして大広間に誘います。

 そこはまるで舞踏会や結婚式もできそうな豪華な部屋でした。王子は胸を躍らせてついていきました。



 王子は想像をしました。

 そこは日の当たる豪華な大広間です。

 人々が王子を待っています。

 みんなが笑顔です。

 そして王子を待っている人がいます。

 その人が振り返って言います。

「王子、あなたが好きだ」

 その人は白の国で唯一、赤い髪と瞳を持つ男でした。

 そんな事を想っている王子の前で大広間の扉が開かれました。

 人々が王子を待っています。

 みんなが笑顔です。

 そして王子を待っている人たちがいます。

 その人たちが振り返って言います。

「王子、あなたが好きです。だから、私を選んでください」

 その人たちは大勢の娘さん達でした。
 
 王子のお嫁さんになりたくて集まった娘が思い思いの白いドレスを着て王子を待っていました。

 その場で立ち止まった王子に王様は媚び、へつらいながら言いました。


「ほら、王子。お嫁さんが欲しいと言っただろう……? だから、用意したのだよ。そらどれでも好きなのを選ぶといい」
「お父さま、僕……」
「嘘は嘘はついていない、嘘などついていないぞ、王子。ただ、私達はお前にお嫁さんをやるといっただけなのだから」

 そう言う王様をゆっくりと王子は向き直り、見つめました。

「僕、あんた達が大嫌いだ」


 緑の精霊王はこう言いました。


「これから生まれる子供を欺いてはいけない、嘘をついてはいけない。私達は嘘をつかれるのが大嫌いだ。特に私はそうだ。心が濁ってしまう。精霊は清い場所や人間を好む。もしも、この子を騙すようなことをしたなら……恐ろしい事になるかもしれない。だから、これだけは守ってくれないか」

 欺いてはいけない、嘘をついてはいけない。そう緑の精霊王は言いました。

 そうです、王子が嫌いなことは嘘をつかれる事だけではありませんでした。欺かれることも、大嫌いだったのです。

 その瞬間、緑の蔦が街を、国を包みました。

 そして人々は次々花や木々、いろんなものに変化しました。悲鳴や泣き声、その合間を縫って王子は歩き出します。怖い顔をしています。

 中庭に王子はやってきましたが、分厚い扉がそこにはありました。鉄の扉です。それに王子は手を当てると、鉄の扉が簡単に壊れました。

 そして、そこには。

 中庭には蔦に体を‫戒められた大きな大きな赤いユリが一輪、咲いていました。

 そしてその周りには野の花が咲き乱れ、所々に黒いユリが咲いていました。

 黒いユリが囁きます。


「赤の騎士、逃げろ」

 王子が言います。

「いいや、逃がさない」

 黒いユリと同じ声で言います。


「僕から逃げるなんて、許さない。誰も、僕から逃げることは許さない」


 そうして、そう言った王子の体から緑の蔦が飛び出しました。そして次第に王子は形をなくしていきました。大地を蔦は這います、這い尽くします。

 王子の体は白の国を呑み尽くしました。

 大きな森になったのです。

「まあ……そういう訳なんですよ」

 と、ウルスは首をすくめた。彼に首があればの話なのだが。

 私はそうかい、と言いながら長い話を聞き終えて渇いた喉に動物の皮をなめした水入れから直接水を飲み、ため息をついた。

「で、君は赤の騎士なのかい?」

 そう言って私はウルスを見た。

 白の国の人々……と言っていいのだろうか。彼らは体は人のカタチをしているのだけれど、頭はまるで違った。

 真っ白なユリの顔をしていた。

 全ての人々は生きていたが、花人であったのだ。

 そして、ウルスだけは違っていた。

 真っ赤な、燃えるような色のユリの頭をしていたのである。

 ウルスがいいえ、と言った。

「私は赤の騎士ではありません。緑の精霊王に白の国の王は三つの願いを言いました。【私達に子供を授けてくれ】【敵を追い払う力をくれ】【この国の、永遠の繁栄を】。そして王子はその願いを叶える為に渡された雫の形の種でした。ですからね。白の国はなくなってはいけないのです」

 そう言ってウルスは身に着けていた足元まで覆うような白い衣を少しめくりあげた。すると足が生えていると思ったが、ウルスの足はまるで植物の根の様で、大地と常につながっているようだった。滑るように歩く、と思っていたが、それは大地には大きな血管のような根が無数にあり、そこを移動していただけなのだという。

「私達はそれはもうずっと長い事、白の国の住人としてここにいます。自分が何代目なのかも解りません。萎びたら、次の私がまた生まれます。みなと違う色を持ってね。私は【こういう役割】なんです」
「この物語は誰から?」
「みんな知っていますよ。私達は意識も共有しています。王子に飲み込まれて、みんな一緒くたになりましたから。王もお妃も、大臣も、娘さんも、赤の騎士も、黒の騎士の首も、全部飲み込まれて、王子の体である森の中で永遠の王国を演じているだけなのです」
「そうなら、君達は永遠にここに囚われているのかい?」
「……私達は根が生えているところしか移動できませんのでね。昔は少しは人も訪れましたが……みな怖がって来なくなりました。呪われていると言ってね。だからあなたが私の誘いを受けて白の国に来てくださって、とても嬉しかった。ありがとうございます」

 そう言って赤いユリの花人はペコリとお辞儀をした。私は微笑みながら、これをどう戯曲にしようか考えていた。バンジャを試し弾きしながら、ふと、聞いてみた。

「そう言えば、私がはじめて白の国に来た時、広い野原があったね。そして美しい野の花や、その脇に黒いユリが……あれは」
「ええ、あそこは白の国の中庭の跡です」
「あそこにもう一度連れて行ってくれないか」
「構いませんよ」

 そう言ってウルスは私をあの美しい野原に連れていってくれた。そして、黒いユリを指さして言った。

「なぜか、野原に生えるんです。でも王子が嫌がるんでしょう、いつのまにか野原から追い出されて、可哀そうに。いつだってみずぼらしく、咲くんです。でも、必ず、咲くんです」

 広い野原に。

 そこには、可憐な花々が一面に咲いていた。日の光が木々の葉の隙間から燦燦と降り注ぎ、花々は野草でありながらそのどれもが輝くような美しさであった。

 ここは。と思った時には私の指がバンジャを撫でる。そして、メロディが降りてくる。神が、私にこの国の戯曲を、唄を唄えとお示しになられている。

 そこで私は唄った。

 この国の、繁栄と滅亡と、黒の騎士と、赤の騎士、そしてこの大地を支配している王子のことを。独りぼっちで、国が繁栄しているふりをして。今もなお在る虚構の白の国を唄った。


 いや、そうではない、そうではないかもしれない。

 私は最後の音を空に還し終わると、ウルスに言った。

「繁栄、しているよ」
「なんですって?」
「ここはお城の中庭だったのだろう?」
「はい」
「こんな、野に咲く花は咲いていたかい?王宮の庭で」
「……咲いていなかったと、思いますが。それがなにか」


 私は野原の端に座り、美しい花々に触れた。


 王子が来た時には中庭には蔦に体に戒められた大きな大きな赤いユリが一輪、咲いていた。


 そしてその周りには野の花が咲き乱れ、所々に黒いユリが咲いていた。

「この野の花は、赤の騎士が産んだ花なんだよ、きっと。だって、見てごらんよ。こんなに、美しいだろう?だって、ねえ。そう思わないかい」


 私は振り返った。

……そこには誰もいなかった。

 ただ、美しい白い百合が群生しているだけだった。

 その中に、ただ一本。

 真っ赤な、燃えるような色の百合が咲いていた。

 私は森を抜けて、再び旅に出た。

 白の国の顛末の唄を作ったが、どれだけ曲調を変えようが根本が無慈悲な唄であったので、あまり披露する機会はなかった。

 その代わり、私はよく演目の最後の締めで子供達でも歌えるような歌を軽快に唄うようになった。

 それは誰もが口ずさめる、陽気な唄だ。

 だれもが足を踏み鳴らして手を叩き踊れる唄だ。

 私がバンジャを小脇に抱えておどけて唄うと、酒に酔った男達が赤の騎士がどんな男であったかも知らずに彼を称え、女達はなにかを感じながらも男達の馬鹿な踊りにつられてスカートをたくし上げ、子供はいつだって喜んで転げまわる。曲名は、と聞かれて私は答える。

「これは【赤の騎士、逃げろ】という唄さ」


 逃げろ、逃げろ、赤の騎士

 お前は祖国を守るため

 遠い国にやってきた


 逃げろ、逃げろ、赤の騎士

 お前は祖国じゃ英雄さ

 それももう遠い昔から

 お前はそこでは英雄さ


 もうここにいることはない

 もうここにいる必要はない


 逃げろ、逃げろ、赤の騎士

 お前の魂が安らぐ所まで

 一目散に駆けて行け

 お前の瞳と同じ人々が

 暮らす国まで駆けて行け


 逃げろ、逃げろ、赤の騎士

 一直線に駆けて行け

 そら、あそこにお前の祖国が見えてきたぞ

 一目散に駆けて行け

 一目散に駆けて行け!


 その曲を私は演奏の最後に必ず唄うようになり、いつしか吟遊詩人の誰もが最後の締めの唄に使うようになった。

 それから何十年が過ぎ、私が炎の国の農村や酒場を訪れた際に自分が作った【赤の騎士、逃げろ】が人々の口からさも当然のように吐き出されるのを耳にするたびに、彼がようやく自分の国に帰ってきたような気がして私は深い満足を覚えたのだった。

 
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